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第45回山口教授のコレが言いたい!2010年

7月 1st, 2014

“5%の新規性”を実践しよう!
~「小さな挑戦」が未来を開く~

「売り上げの5%でいいから、何か新しい事業に挑戦しませんか」――日本経済がバブル崩壊後の「失われた10年」(実際の停滞は14年間続いた)を歩んでいた時期、私は中小企業経営者の方々にこんな呼びかけを繰り返してきた。
「マクロ経済がこういう状況なんだから、会社の業容が低迷するのもやむをえないかもしれません。でも、こんな時期だからこそ、売り上げの5%でもいいから何か新しい事業に挑戦してみることが必要だと思うんです。そうすることで、なえがちな社員のモチベーションを高めて、会社が閉そく感に押しつぶされないようにする。これは経済が停滞期にある時には、経営者のもっとも重要な仕事の1つだと言えます」――こう語り続けて、すでに10年以上が経過した。


10年前の「ちょっとした提案」~“普通の印刷業者”から“ユニークな出版業者”へ

スモールサン会員でもあり、現在、冊子スモールサンニュースの『上期号』や『下期号』の出版・印刷をお願いしている(株)三恵社の木全哲也社長は、同氏がまだ専務であった10年ほど前に、「小部数テキストの出版」という新しい分野への挑戦を開始した。

 不況に加えてIT化やデジタル化といった構造的要因が重なり、印刷業界は当時すでにじりじりと「縮小」の道を進んでいた。そんな印刷業界に身を置く者として木全氏は、「何か新たな事業を始めなければ、会社の将来はない」と焦燥感にも似た強い危機意識を抱いていた。とはいえ、何をしたらいいのか。その答えは簡単には見つからない。

 そんな状況にあった木全氏に、「大学は印刷物の宝庫だから」と、私は立教大学を訪れることを勧めた。早速池袋の研究室を訪ねてくれた同氏に、私はちょっとした「思いつき」を提案したのである。10年以上も前のことである。

「学習参考書で育った今の学生たちの多くは、90分間にもおよぶ講義の内容をノートに上手にまとめるなんてことはできません。そこで、多くの先生が講義の内容を整理したレジュメを配って、それに基づいて講義を進めています。でも、そのペーパーを受講生全員に配るだけでも結構時間を要しますし、やっと配り終わったかと思うと、『今日欠席した友達の分も下さい』とか、『先週のレジュメをなくしちゃったから、もう一度頂けませんか』とか言って学生たちがだらだらと教授の下にやってくる。そんなこんなで授業の始まりが大幅に遅れてしまうので、多くの先生たちが手を焼いているのが現状なんです。

 そこで…ですが、そうしたレジュメの1年分を1冊にまとめた講義用ノートかテキストのようなものを、履修する学生数に応じて少しだけ印刷・出版してあげるというのはどうでしょうか。ビジネスになりませんかねえ。間違いなくニーズはあると思いますよ」。

「おもしろいですね」と返事したものの、木全氏の頭をよぎったのはコストの問題。受講者数100名にも満たない講義のために少部数の「テキスト」を出版していたら、それはどんなに薄っぺらなものでも1冊3~4000円もする高額な出版物になってしまうからである。


“新規への挑戦”が、従業員のモチベーションを高める

 躊躇する木全氏に、素人の私は気楽にもこう言い放ったことを覚えている。「そこを何とかするのがプロでしょ!執筆者である教授たちに自分で編集もやらせることでコストを下げるとか、何とか工夫して下さいよ!」

 こんな無責任な素人の要望に応えて、木全氏は「サンケイ・システム」と称する低コストの少部数出版システムを作り上げたのである。いわゆる「オンデマンド印刷機」が世に出る4年ほど前の出来事である。

 この新たな試みを開始してから2年ほど経過して、あらためて事業の進捗具合を尋ねた私に、木全氏はこう明言した。

「売り上げでみれば、まだ全体の5%にも満たない程度です。でも、その効果は大変大きなものでした。今のご時世では印刷の売り上げが前年比何十%も伸びるなんてことはまずありえません。でも、今回の試みはわが社にとっては全く新しいビジネスですから、規模は小さくても頑張れば前年比100%増ということもありえます。これは従業員のモチベーションを大いに高め、努力と工夫次第ではまだまだ会社が生きる道はあるんだという前向きな気持ちにさせてくれました。それだけでも今回の試みは成功だったと言えます」。

 私が多くの経営者に、「“5%の新規性”を!」と呼び掛けるようになったのは、この出来事があってからである。

苦しい時の「小さな挑戦」が、数年後「大きな柱」となって会社を救う

 今や三恵社の「少部数テキスト出版」は、同社の存続を支える経営上の「大きな柱」にまで成長している。同社のシステムを活用してテキストを出版した大学教師たちの数はすでに200大学600名をかぞえ、もはや同社は全国有数の少部数テキスト出版社としてしっかりとその地位を確立している。

「あの時の“あの挑戦”がなかったら、ウチの会社はもうとっくに消えていたと思います!」

 木全氏はこう明言して憚(はばか)らない。苦しい時の「小さな挑戦」が、数年後「大きな柱」となって会社を救うことになったのである。

 近年はこの体験を踏まえて、同社は中小企業経営者自らが執筆する経営者向けの少部数書籍など新たな展開を試みており、最近は「電子書籍化」という新しい時代の流れにも対応しようと、さらなる挑戦を視野に入れて頑張っている。10年前の「小さな挑戦」が今や同社の風土・体質となって、その不断の革新力を生んでいるのである。


開花する「5%の新規性」~“待ちのビジネス”から“仕掛けるビジネス”へ

「5年前、先生から“5%の新規性”という話を伺ったのがきっかけなんです」――つい先日私にこう語ってくれたのは、(株)長大商事の長谷川睦副社長である。同社は、名古屋で貸しビル・貸室を仲介する不動産業。どちらかといえば、「待ちのビジネス」と言ってよい。そこから積極的に「仕掛けるビジネス」へと1歩踏み出そうというのが、長谷川氏の新たな挑戦なのである。

 その試みは、「大家さん」を説得して、車好きのためのガレージハウスを建て、これを賃貸しようというもの。その名も「AJITO」。居室とガレージとが透明のガラスで仕切られ、住人は愛車を眺めながら、食事をしたり居間でくつろいだりすることができる。設備もしっかりしていて、ガレージでエンジンを吹かしても音はほとんど外に漏れない。排気ガスの排出も万全で、ガレージや居室に排気ガスやその臭いが充満することもない。

 中部地区では初めての試みとあって、展示会には地元のテレビや新聞社が多数押し掛けた。私もその展示会に招待された。

「先生の話を聞いてから5年間温めてきたものですが、やっとそれが実現しました」。

 目を輝かして、私にこう語ってくれた長谷川氏の挑戦。この挑戦が成功体験となって、多くの中小企業経営者に勇気を与えてくれることを願わずにはいられない。

“5%の新規性”――これはたしかに、「激動の時代」を生き抜く中小企業に必要なキーワードだと思う。

(2010年12月5日執筆)

※参考
株式会社三恵社HP

http://www.sankeisha.com/

「AJITO」HP

http://www.safety-l.com/s-garage/estate/1.html

(2010年/スモールサンニュース12月号より)

第44回山口教授のコレが言いたい!2010年

7月 1st, 2014

“中小企業の国際化”は国内の雇用を増やす!
~単純な「空洞化論」は誤り~ ~

 このコーナーで私は、「中小企業の国際化」の必要性を繰り返し訴えてきた。また、本年9月には「海外進出研究会」が設立されるなど、スモールサンの活動としても中小企業の海外進出を積極的に後押ししてきた。しかし他方では、「海外に企業が出て行けば、国内の雇用が減少する」として、いわゆる「空洞化」を懸念する声も少なくない。


“国際化”を進めた中小企業ほど、国内雇用を増やしてきた

 そもそも、「中小企業の国際化」には2つの意味がある。1つは中小企業が「輸出」への取り組みを進めること、もう1つは「直接投資」によって文字通り海外進出を果たすことである。「空洞化」が懸念されるのは後者の方であるが、中小企業庁の調査によれば、いずれの場合も国内雇用の増加に貢献するという結果が出ている。

 図1は、2000年度に新たに輸出への取り組みを開始した中小企業と、そうしなかった中小企業それぞれの国内従業員数の推移を示したものである。輸出を開始しなかった企業について言えば、2007年度の従業員指数(2000年度=100)は98.1。2000年度とくらべて2ポイント減少している。これに対し、輸出を開始した企業では110.4と、反対に10ポイント以上も増加していることがわかる。

図1 輸出開始企業と輸出非開始企業の国内の従業者数(中小企業)
~輸出開始企業の従業者数は、輸出非開始企業と比較して増加している~
1-12

 興味深いのは図2である。これは、2000年度に直接投資を開始した中小企業とそれを行わなかった中小企業の間で、国内従業員数の推移を比較したものである。

 そこに示されているように、直接投資を開始しなかった中小企業では2007年度の従業員指数が97.2と、2000年度に比べて2.8ポイント減少しているのに対し、直接投資を開始した企業では反対に101.1と、1.1ポイント増加している。「輸出」のみならず、「直接投資」という形での「国際化」についても、国内雇用にプラスに作用したことを示している。

図2 直接投資開始企業と直接投資非開始企業の国内の従業者数(中小企業)
~直接投資開始企業の従業者数は、6~7年後には直接投資非開始企業を上回る~

1-22


海外ネットワークの拡大が新たな国内雇用を生む

「中小企業の国際化」がなぜ国内雇用を増加させることになるのか、その理由について、中小企業白書は次のように書いている。

「国際化を開始する企業は、国際化開始後に国内の雇用を拡大させる傾向にある。この要因として、輸出開始企業では、輸出による市場拡大に対応するために必要な国内の従業者を増加させることが挙げられる。また、直接投資開始企業では、現地におけるネットワークを通じた取引先の開拓等による国内事業の拡大に必要な従業者を増加させることや、現地法人を管理するために必要な国内の従業者を増加させることなどが挙げられる」(2010年版『中小企業白書』164ページ)

「輸出」による売り上げの増加が国内雇用の増加に結びつくというのは、容易に推察しうる。注目すべきは、「直接投資」による「国際化」についても、海外進出によって国外のネットワークが広がることで、結果として国内部門の事業が拡大したり、その海外事業を管理するための要員が必要になることから、国内で仕事をする従業員を増やすことになるとしている点である。中小企業白書は、いわゆる「空洞化論」とは全く反対の論理を提示しているのである。

 以上に明らかなように、国内雇用の観点からいっても、「中小企業の国際化」は推進されてしかるべきものである。

 近年は中小企業の間でも新興国市場への進出希望は強くなってきている。他方、情報不足、経験不足、人脈不足などが原因で、いまだ多くの中小企業が立ちすくんでいることも事実である。私たちスモールサンはその「不足」を補うことで、今後とも「中小企業の国際化」を積極的に支援したいと考えている。このことが国内雇用を守り、さらには国内雇用を増やすことにもなると考えられるからである。

※注) 図1、図2とも、2010年版中小企業白書164ページより転載

(2010年11月7日執筆)

(2010年/スモールサンニュース11月号より)

第43回山口教授のコレが言いたい!2010年

7月 1st, 2014

“政策への過度の期待”は現実を見誤らせる!
~中小企業経営者は「政策効果」を冷静に分析する姿勢を持とう~

 TVや新聞などのメディアがつくる「世論」に押されて、政府は為替介入を実施した。結果はどうだったか。効果は、ほんの数日間円の対ドル相場が1ドル85円台で推移したというだけ。円相場は半月もしないうちに80円台前半に戻ってしまった。


「政策への期待」と「政策の有効性」は全く別物

 政府の為替介入に強い期待を寄せていた人たちは、介入が実施されたことをもって、「これで円は80円台後半、あわよくば90円台前半にまで下落するのではないか」と予測したかもしれない。「政策への過度の期待」が現実を見誤らせる結果になったといえる。

 そもそも「政策への期待」と「政策の有効性」とは全く別物である。言ってみれば、前者は「心」の問題だが、後者は冷静かつ客観的な分析を要する「頭脳」の問題である。日々厳しい経済環境の下で戦っている中小企業経営者は、「政策への期待」が強くなりがちであるが、それが強すぎて現実を見誤ることがあってはならない。

 もちろん、政府や自治体に対し、正当な政策要望を行うことは当然であり、それは日本経済を担う中小企業経営者の重要な役割でもある。しかし、同時に、「政策への期待」は別にして、「政策がどの程度有効に機能するか」をも見据えながら、経済の「先を読む」冷静さが必要なのである。

 実際今回の為替介入に対しては、TVや新聞に煽(あお)られた「世論」の強い要請があった。メディアは円高是正の必要を毎日のように訴え、介入をなかなか実施しようとしない政府に対して、「無策」「無能」と厳しい批判を投げつけた。また、経団連をはじめとする経済界も為替介入の必要性を強く訴え、それをTVや新聞が報じ続けた。

 しかし、政策への強い期待があったからといって、その政策が有効に機能することにはならない。政策の有効性については、「強い思い」は別に置いて、あくまでも冷静に客観的に分析することが必要なのである。 


為替相場を見る際に欠かせない視点

本年8月25日、「1ドル 83 円台入り、日経平均9000円割れについての私見」と題して、私はスモールサン会員向けに一斉メールを配信した。その際、次のように記した。

 アメリカ経済の低迷が長期化する一方、中国をはじめとする新興国がその地位を高めてきています。いわゆる「BRICs全体の経済規模は2018年に米国を追い越す、個別でもブラジルは2020年にイタリアを追い越し、インドとロシアの経済規模もスペイン、カナダ、イタリアを上回るようになる」と言われています。ですから、今回アメリカが体験している(バブル崩壊後の)「失われた10年」は、世界経済の大きな構造変化=アメリカ経済の地位低下とともに進行していることになります。

 ドルの下落はそういう世界の構造変化を反映したものです。したがって、これは日本政府や日銀の小手先の政策で是正できるものではありません。

 政府や日銀に「なんとかしろ」と対策を要求する人たちはたくさんいますし、そう言いたい人たちの気持ちもわかりますが、世界の構造変化の大きな流れを一国の政府や中央銀行に「変えろ」といっても無理なことです。このことを頭に入れて、マスコミや一部エコノミストの主張を冷静に聞く姿勢をもたないと先を見誤ることになります。

 実体経済の構造変化を反映して相場の水準変更が起きているのであれば、政府の人為的介入でそれを阻止したり、相場を逆方向に持って行くことは基本的には無理である。

 これに対し、相場変動がそういう性質のものではなく、投機によってあるべき水準から一時的にぶれている(オーバーシュートしている)だけであれば、介入は効果を発揮する。

 重要なのは、現在の相場変動がこのどちらなのかを判断することである。そのためには、米国をはじめ世界経済の状況を冷静に分析してみる必要がある。私は、今回の円高は明らかに前者に当たると考えている。

 もちろん、だからといって、政府は「手をこまねいて見ていればいい」と主張するつもりもない。私は、上の一斉メールの翌日、「円高対策――私のシナリオ」と題する一斉メールを配信し、私が考える円高対策を呈示した。しかし、それはあくまでも急激な相場変動を和らげるための施策であり、相場の方向性自体を変えてしまおうというものではない。


「デフレを退治するために国民世論で日銀を動かせ!」と煽(あお)る勝間和代氏の無責任

 繰り返すが、中小企業経営者には、「政策に期待する心」とともに、「冷静にその有効性を分析する頭脳」が求められている。このことは、国民を煽(あお)り、そのことで耳目を集めんとする評論家諸氏が増えてきている昨今であれば、なおさら重要である。

 例えば、勝間和代氏は、『SAPIO』2010年6月6日号で、「デフレを退治するために国民世論で日銀を動かせ!」とさかんに煽(あお)っている。

 その主張はこうである。

 デフレは国民を不幸にするから、デフレを早く終わらせることが必要である。では、「デフレを早く終わらせる方法」はあるのかと問えば、「ちゃんと」あるのだと勝間氏はいう。

 それはいったいどんな方法なのか。

 日銀が「長期国債を含めた形での固定資産の買い取りなどで、20兆円、30兆円のマネーを市中に流すんです」(同誌78ページ)――びっくりするほど単純である。

 しかし、日銀が資金を流す相手(勝間氏が「市中」という言葉で何を指しているかはわからないが)は企業や家庭ではなく、民間の銀行である。したがって、日銀が「20兆、30兆円のマネー」を流しても、直接にはそれは銀行の手元に貯(た)まるだけである。

 景気が良くなり、デフレが終わるためには、その銀行に貯(た)まった資金が民間の企業や個人に貸し出されて、モノやサービスの購入に使われなくてはならない。果たしてそうなるかどうか、それが問題なのである。

 実際、銀行の手持ち資金はすでに過剰で、銀行は貸出先がなくて困っているのが現状である。預金に対する貸し出しの比率を「預貸率」というが、どの銀行もその低下に悩まされている。

 また、借り手である企業も将来の見通しが立たないからと、たとえ金利が安くてもなかなか借りようとはしない。これがまさにデフレの現実であり、こういう現状をどのようにして打破するかが問われているのである。

 例えば、銀行が貸し出しをしやすいように、公的な信用保証を拡充したらどうか。中小企業のビジネスマッチングを支援して、「仕事づくり」を推進してはどうか。「仕事」がなければ、銀行から資金を借りようとする企業も増えないからである。あるいは、国内需要だけでは仕事が足りないないから、中小企業にも海外進出を促したらどうか…など。

 私たちが中小企業支援のためにさまざまな活動や政策提案をしているのは、まさにそこが問題の核心だと考えるからである。

 銀行が資金不足に陥っていて、そのために貸し出しが増えないのであれば、日銀が銀行に対し、「20兆円、30兆円」と資金を流し込んでやれば問題は解決する。しかし、そうではないからこそ、多様な施策と地道な努力が必要なのである。

 こういう現状を無視して、日銀が銀行に資金をつぎ込めば、たちどころにデフレが解消するかのように言い、国民の金融緩和への期待を煽(あお)るのは、国民の目を問題の本質からそらすだけでなく、現実を冷静に分析しようとする思考をも閉ざすことにもなる。中小企業経営者諸氏に注意を促したい。

(2010.10.9執筆)

(2010年/スモールサンニュース10月号より)

第42回山口教授のコレが言いたい!2010年

7月 1st, 2014

「民意」「世論」「市場の声」って何?
~マスコミが振りかざす言葉の危うさ~

「民意」って何?「世論」って何?「市場の声」って何?――最近の新聞を読んでいると、こんな「つっこみ」を入れたくなるような記事をよく見かける。少々へそが曲がっているのかもしれないが、私はマスコミがこんな言葉を振りかざすたびに、「本当なの?」と、その正当性を疑ってみたくなる。


朝日新聞「あいた口がふさがらない」社説への疑問

 例えば、「小沢氏出馬へ――あいた口がふさがらない」と題した8月27日付朝日新聞の社説。

 社説執筆者が「あいた口がふさがらない」と感じたのは、まだ政治資金規正法違反事件が「決着」していないにもかかわらず、小沢一郎氏が民主党代表選に立候補したからだという。しかし、一つの事件について、そもそもどの時点をもって、「決着」と判断すべきかは、国民の間でも意見が分かれてしかるべきものである。

 検察特捜部が大掛かりな強制捜査をし、関係者を次々に調べ上げて、それでも「不起訴」の結論を出したのだから、この時点で事件は「決着した」と判断すべきだ――小沢氏のこの主張は、果たして「あいた口がふさがらない」ほどに正当性を欠いたものなのだろうか。

 例えば、電車内でチカン行為をはたらいたのではないかと、あなたが警察に疑いを掛けられたとしよう。その後、警察は徹底的に取り調べたが、結局証拠はでてこない。あなたは「不起訴」になったとする。

 そこで、この問題は「すでに決着した」と判断して、あなたは休んでいた会社への通勤を再開した。ところが、「まだ『怪しい』と疑っている人もいるのに、のうのうと会社に出て来るなんて、『あいた口がふさがらない』」と仲間から非難される。会社はその非難の声に配慮して、職場復帰を認めようとしない。こんなことになったら、あなたはどう思うだろうか。「これは人権侵害だ、捜査を経て『不起訴』になったのだから、もう『決着』ずみだ」と主張するに違いない。

 会社はあなたの説明不足を責める。「職場復帰したかったら、仲間に対し身の潔白をもっと説明すべきだ」と。しかし、説明したらといって、「怪しい」と思っている人がゼロになるとは限らない。ゼロにならなければ、会社に出てきちゃいけないというのは、ちょっとひどすぎる。――小沢氏が「出馬するのはけしからん」と言っているのは、これと同じではないか。そう考える国民がいてもおかしくないはずである。

 ところが、朝日新聞は、「どうしてここまで民意とかけはなれたことができるのか。多くの国民が、あぜんとしているに違いない」と断じるのである。


「世論調査」とは、マスコミの影響力を確認するための調査?

 そもそも選挙に出馬すべきかどうかということを、第三者が「民意」を「代表」してアレコレ批判すること自体がおかしい。なぜなら、その「民意」を確かめるために選挙があるのだからである。もし出馬が「民意」に沿うものでなければ、その候補者は選挙で負けることになる。それが民主主義である。朝日新聞が断ずることではない。

「選挙なんかしなくても、民意は分かっている」――朝日新聞の論説員たちはそう考えたのかもしれない。では、彼らはどうやって「民意」を知ったのか。「世論調査」だろうか。しかし、今や「世論調査」は、「マスコミの影響力を確認するための調査」と化している。

 マスコミがある方向性をもった記事を連日流す。その後しばらくして、「世論調査」を実施すれば、過半が同様の方向性をもった回答になる。当たり前である。しかも、そういう結果を誘導するかのような質問の仕方をすれば、なおさらである。

「小沢氏出馬はけしからん」というトーンで記事を流しつづけ、しばらくして、「小沢氏の出馬は納得できるか」と読者に問う。当然のこととして、「納得できない」という答えが大半になる。すると今度は、その「調査」結果をもって、マスコミは「これが民意だ」と主張する。

 実際、9月6日付朝日新聞は「世論調査」の結果を、「小沢氏出馬『納得できぬ』75%」と見出しをつけて、「そら見よ!」とばかりに誇らしげに報じている。しかも、この問いは、「(小沢)氏が自らの政治資金問題で幹事長を辞任したことを紹介した上で尋ねた」そうである。これでは、尋ねる前に答えは「読めている」と言ってよい。

「なんだか茶番に見えてしまう」と言ったら、言いすぎだろうか。いずれにしても、「茶番」になりかねないことを十分に念頭に置いて、論説員たちは「民意」とか「世論」とかといった言葉を慎重に使うべきである。そういう謙虚な姿勢こそが、マスコミの健全さを維持させるのである。(ちなみに私は、民主党代表選で小沢氏を支持すべきだなどといっているのではない。マスコミの姿勢を論じているにすぎない。誤解のないように。)


「市場の声を聞け!」の危うさ

 日本経済新聞などの経済紙に登場する「市場の声」という言葉、これにも同様の「危うさ」を感じる。例えば、政府や日銀にある政策の実施を要望する際、論説員たちは、「これが市場の声だ」とばかりに正当性を振りかざす。しかし、その「市場の声」とは一体誰の声なのか。さっぱりわからない。

「市場」ではさまざまな投機が横行している。とすれば、「市場の声を聞け」とは、「投機筋の要望に従え」と言っているのと同じになるが、それでいいのか。

 金利、株価、為替相場などの上がり下がりを、「市場の声」と称すること自体は理解できるが、その相場変動はさまざまな要因を反映しており、その主因をどう理解するかは論者によってまちまちである。「市場の声」というだけでは、まったくわからない。ましてや、経済学でいう「市場の失敗」はいつでも起きていることである。「市場の声」という言葉で、自己の主張の正当性を裏付けたかのような気持ちでいること自体、大いに問題である。

 マスコミで「民意」「世論」「市場の声」という言葉を見かけたら、要警戒! 私たちはちょっと立ち止まって、その正当性についてきちんと考えてみることが必要なようである。

(2010.9.6執筆)

(2010年/スモールサンニュース9月号より)

第41回山口教授のコレが言いたい!2010年

7月 1st, 2014

「元気企業の法則」を探れ①
~「価格の多様性」に着目したTKP貸会議室ビジネス~

「あの会社、不況の中でもすごく“元気”だよ!」――スモールサン会員の方から、そんな「元気企業」を紹介していただき、その会社を取材して「なぜ、どう元気なのか」を分析する。この作業を積み重ねていけば、やがては“元気企業の法則”が見つかるのではないか。そう考えて、この間、会員諸氏に「元気企業」の紹介をお願いしてきた。

 今回は、千葉県のスモールサン会員である猪瀬忠彦氏にご紹介いただいた(株)TKPの貸会議室ビジネスを取り上げることにしたい。


たった1人で始めた貸会議室ビジネスが、5年で従業員250名の会社に!

 インターネットなどで貸会議室を探した経験のある人なら、おそらく一度や二度は「TKP」の三文字に出会った経験があるにちがいない。(株)TKPは、全国主要都市に500室を超える貸会議室・研修施設・貸オフィスなどを直営している。創業してまだ5年しかたっていない。まさに業界ナンバー1の急成長企業である。

 同社の施設が、民主党政権の「事業仕分け」の会場として使われたことから、最近はメディアで取り上げられることも増えた。会員諸氏の中には、「TKPをテレビで知った」という方も少なくないだろう。

 猪瀬氏のご紹介で、私が同社の河野(かわの)高輝社長を訪問したのは、去る7月26日。たんなる好奇心からあれこれ質問する私に、河野社長はもったいぶることもなく、多弁に自社のビジネスの特徴を語ってくれた。「やる気」あふれる37歳の若き社長である。

 貸会議室ビジネスをはじめたきっかけは?――これが私の最初の質問。

「伊藤忠商事を辞めて何をやろうかと考えていた5年前、ある人の紹介で、今の六本木ミッドタウンの近くにあった3階建てビルの2階と3階の2フロアを、通常の3分の1の家賃で借りられることになったんです。会社を辞めたばかりで『失業中』でしたが、『この値段なら何とかなる』と思って借りることにしました。

 なぜそんなに安かったのかというと、このビルは取り壊しが決まっていたんですね。ところが、1階のレストランが出ていかない。まだ交渉中だったんです。かといって、空き室のまま放っておくのももったいないので、立ち退きが決着するまでの間、安くていいから誰か借りてくれないかということになったわけです。

 そこで、私は『3ヶ月前に通告されたら、無条件ですぐ出ていきます』という念書を入れ、そのかわり格安で借りることにしました」。

「そうしたら、たまたま近くで工事をしていた建設会社が、現場事務所として1フロアを借りてくれたんです。もう1つのフロアも、近くのいろんな企業が時間制で借りてくれて…。

 もともと通常の3分の1の値段で借りていましたから、いわば仕入価格が非常に安い。結果として、予想以上の利益が出ました。そこで、『よし、このビジネスモデルで行こう!』と思ったんです。」

 同社はいまや従業員250名を抱える企業であるが、それを支えるビジネスの基礎は、あくまでも河野社長のこの時の体験にある。


「正当な価格」は多様でありうる~この事実に着目したビジネスモデル

「正当な価格は、1つではない」。この、「価格の多様性」というものに着目したのが、御社のビジネスモデルだといってよさそうですね。――河野社長の説明を聞いて、私はこう念を押した。社長は「その通りです」とうなずいてくれた。

「一物一価(いちぶついっか)」という言葉がある。1つのモノには、1つの価格がつくという意味。私たち経済学者は、これを前提に議論を立てる。しかし、現実はそれほど単純ではない。

 河野社長が享受した「通常の3分の1の家賃」はまさにこれにあたる。それは、決して不当な低価格ではない。「立ち退き交渉が決着するまで」。「3ヶ月前に通告されたら、無条件で出ていく」。この2つの条件が付与されれば、それは「正当な価格」であるだけでなく、「空き家で放置しておくしかない事情」を抱えたビルのオーナーからすれば、むしろ「ありがたい価格」だったはずである。

 河野社長はこう説明する――

「例えば2年以上貸すのであれば、『月4万円もらわなければ貸せませんよ』という物件であっても、1年で出ていってほしいとか、半年だけ貸したいという事情がある場合には、貸し手は『3万円で貸してもいい』ということになります。

 他方、借り手の側はこれと反対です。2年以上借りるのであれば、『月4万円以上は払えませんよ』という物件であっても、半年だけ借りたいとか、研修に使うから3ヶ月だけ貸してほしいといった場合なら、『月5万円払ってもいい』ということになります。そこで、TKPが3万円で借りて5万円で貸せば、月2万円の利益を得ることになるわけです」。

 同じ物件がニーズによって高くも安くもなる。TKPがやろうとしているのは“「安くても提供したい」という供給”と“「高くても手に入れたい」という需要”をつないで高利益を得る“賢いビジネス”なのである。


「情報の収集」で社会の“ムダ”を減らす~時代の要請に応えることが“元気の源”

「価格の多様性」はいろいろな所に見いだせる。例えば、平日にはほとんど稼働していない結婚式場。仮に土日に結婚式場としてそのスペースを借りれば賃料は高くなるが、これをほとんど活用されていない平日に貸会議室として使用するのであれば、もともとほとんど利益を生まない物件なのだから、相当安く借りられるはずである。

 実際、TKPの2号店は、赤坂の結婚式場を平日に会議室として時間貸しするというものであった。

“「安くても提供したい」という供給”は、そうでなければ「空きスペースとしてムダになってしまう」という事情を背景にもっている。他方、“「高くても手に入れたい」という需要”には、そうでなければ「もっとムダにコストをかけることになる」という不便が隠されている。

 そんな「ワケあり」情報を収集し、たくみにこの両者をつないでいくTKPのビジネス。それは、環境面からも経済面からも、“ムダの排除”が重要な課題となっている現代社会の要請に応えるものだといってよい。こうした「時代との整合性」――そこにこそ、同社の“元気の源”があるのかもしれない。

(2010.8.2執筆)

(2010年/スモールサンニュース8月号より)

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