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第7回 本当に大丈夫?アメリカ産牛肉が再上陸!

7月 26th, 2006

元記事

6月21日、米国産牛肉の輸入再開を日米政府が合意。早ければ7月後半にも、店頭に並ぶことになる。

米国産牛肉の輸入再開

米国産牛肉の輸入再開が決定された。昨年12月の米国産牛肉輸入停止から、わずか半年。国民の不安や不信感は払拭されていないという声もあがっている。なぜ日本は、急いで輸入再開に踏み切らなければならなかったのか?この背景に見え隠れするのは、蜜月と言われている日米の関係。果たしてそこに国民の”食の安全”を守るという政府の姿勢はあるのか?「コレが言いたい」の第7回は、この真実に切りこんでいきたいと思う。

輸入再開の条件

まずは米国産牛肉の輸入再開にいたる経緯をたどると、それは以下のようである。

  • 2003年12月24日 米国でBSE感染牛を確認し、日本が輸入禁止
  • 2005年12月12日 政府が輸入再開を決定
  • 2006年1月20日  成田空港の検疫所で脊髄付き牛肉を発見し、輸入再停止
  • 2006年6月21日 日米局長級テレビ電話会合で輸入再開条件を合意
  • 2006年6月24日 米国に調査団を派遣
  • 2006年7月末   米国産牛肉が到着予定

今回の輸入再開の条件は、前回の条件に新たに安全強化策を加えたものである。前回の輸入再開の条件とは、

  • ①生後20ヶ月以下の牛に限定すること、
  • ②脳や脊髄などの特定危険部位を除去すること
    というもので、今回はこれらの条件に、
  • ①日本側による牛肉処理施設への事前調査の実施、
  • ②米農務省の抜き打ち検査に日本側が同行、
  • ③日本の港や空港での水際検査を強化すること
    を追加した。さらに米国側としては、輸出できる牛肉のリスト作成や作業マニュアルの明確化、食品安全検査官に対日輸出条件試験に合格することを義務付けるなどの条件を追加した。

牛肉輸入再開は手土産か?!

牛肉輸入再開は小泉総理の訪米直前に決定された。小泉総理は牛肉輸入再開を手土産に訪米したと言われている。実際、そうであろう。日米首脳会談では、この問題はまったく取り上げられなかった。そもそも訪米は「アメリカと日本の良好な関係」をアピールするためのものであるが、この問題を取り上げれば日米間の摩擦が前面にでてしまう。しかし、ブッシュ大統領としては取り上げないわけにはいかない。そこで、訪米するまでに解決に向けてなんらかの道筋をつけておくことが必要になる。こうして牛肉輸入再開が決定された。「食の安全」より「政治ショー」の方が優先されたわけである。

本当に大丈夫?

もちろん、そんなことが許されないほど事態は深刻である。それは、今年4月に食品安全委員会プリオン専門調査会メンバー12人のうち、6人ものメンバーが辞任したことに端的に示されている。同調査会の座長代理であった金子清俊東京医科大学教授は、辞任の理由として、「そもそも諮問のあり方が一種の誘導尋問でしかなかった」ことをあげている。

同調査会に問われたのは、「日本が要求している安全対策をアメリカが実施した場合、米国産牛肉は安全といえるか」であったという。そう問われれば、「安全」と答えることになる。しかし、いうまでもないことだが、問題は、アメリカが日本の要求する安全対策をきちんと実行できるのかどうか、またそれを制度的にどのように担保するかということにある。そもそも調査会に対して問われたことがこの点ではなかったのだとすれば、たとえ調査会の答申にもとづいて輸入が再開されても、「安全性」が担保されたことにはならない。委員たちが辞任という選択を下した理由もここにある。

それだけではない。香港では3度も「背骨の混入」が発見され、韓国では日本が輸入再開を決定した6月に輸入再開を延期していたという事実もある。また、厚生労働省と農林水産省の調査団が輸入再開の条件となっているアメリカの牛肉処理施設への視察を行っているが、その際マスコミ取材を全面的にシャットアウトしていることも重要な意味をもつ。いわば「密室状態」での視察を前提に、日本国民に「安全であると信じろ」というのであるから、理不尽極まりない話である。さらに、もし今後特定危険部位のついた牛肉が見つかった場合、再び輸入を停止するのかどうかについても、あいまいなままである。厚生労働省の川崎大臣は「全てを検査する」といっているが、農林水産省の中川大臣は「見つかったとしても輸入停止しません」と回答している。

米国が抱える3つの事情

日本が今回の輸入再開を急いだ背景には、米国が抱える3つの事情がある。

1つ目は、日米貿易摩擦である。BSE発生前は、米国産牛肉の最大の輸入国は日本(第2位は韓国、第3位はメキシコ)、したがって日本の輸入停止は米国の輸出に決定的に影響を与える。ちなみに、2003年の米国産牛肉の輸出額は114万トンであったが、日本と韓国が輸入停止をとったため、2004年にはおよそ21万トンまで激減してしまっている。

(図表1)米国産牛肉の輸出額の推移
図表1:米国産牛肉の輸出額の推移  農畜産業振興機構の資料より作成

このように、アメリカの畜産業者にとって、日本の輸入停止は死活問題になる。6月22日、米上院歳出委員会は日本が8月末までに米国産牛肉輸入を再開しない場合、日本製品に高関税を課す対日制裁を可決した。この制裁にはブッシュ政権は反対したが、米国内で日本の早期輸入再開を求める声がかなり強い。米国産牛肉問題は日本とアメリカの貿易摩擦の要因となっており、日本が輸入再開を急がなければならなかった理由もここにある。  2つ目は、11月の中間選挙である。中間選挙とは、上院議員の3分の1、下院議員の全員が改選される選挙で、今年は11月7日が投票日である。ブッシュ政権にとって最後の選挙でもある。ブッシュ大統領の地元、テキサス州は畜産業者が多く、多くの票を握っている。ブッシュ政権支持率が低迷し、共和党離れが進む中、選挙に向けて日本の輸入再開は必須事項であったといえる。

そして3つ目は、日本がとりわけ「扱いやすい相手」であるということである。それは、米国産牛肉の輸入再開にあたっての日韓の対応の違いを比較してみると、わかりやすい。たとえば、今回日本は輸入再開を合意したが、韓国では未だ延期状態が続いている。また日本はアメリカ側が認定した施設から輸入するが、韓国は韓国側が自分自身で点検し、承認した施設からのみ輸入する。その他図表2に明らかなように、米日間と米韓間とでは合意事項が大きく異なっており、日本がいかに米国に対して妥協的であるか一目瞭然である。まさに日本は米国からみれば「御しやすい相手」であり、対日圧力の強さはその反映でもある。

(図表2)米国産牛肉輸入再開にあたっての日韓の対応比較 山田正彦衆議院議員HPより
日 本 韓 国
輸入再開の状況 05年12月12日輸入再開したが、06年1月20日成田空国で米国産牛肉から特定危険部位の脊柱が発見され、輸入を全面停止。6月21日輸入再々開へ正式合意 6月上旬に輸入再開する方針だったが、米国内の韓国向け牛肉処理施設の一部に安全管理上の問題があったとして、6月7日再開延期を決定
輸入再開の条件 米国が認定した施設から輸入。日本が事前調査で不適切を指摘しても施設の認定を拒否できない 米国が指定した施設を韓国政府が現地で点検し、輸出施設としての承認ができる
出生記録 なし 米国内で出生・飼育されたものか、メキシコから輸入され100日以上米国で飼育されたもの
屠畜月齢 20ヶ月未満 30ヶ月未満
SRM
(特定危険部位)
除去 除去
脊髄以外は可 除外(骨付きリブは輸入停止前は認めていたが、再開条件として除外した)
内臓 可。(日本の食品安全委員会は20ヶ月齢以下の牛の内臓の識別が難しいので輸入は不可能ではと指摘している) 除外(内臓は輸入停止前は認めていたが、再開条件として除外した)
輸入中断事項 なし
少数の追加的な発生が確認されても、科学的根拠がなければ、輸入停止にはつながらない
米国内でBSE再発など、状況が悪化した場合は、輸入中断
原産地表示
トレーサビリティ
なし
(民主党は輸入牛肉とレーサビリティ法案を用意)
飲食店の食肉原産地表示制導入
牛肉履歴追跡制の早期拡大

コレが言いたい――国民は批判精神を取り戻せ!

今回の米国産牛肉輸入再開にあたって、日本国民の意見は全く無視されてしまったといっても過言ではない。こうした現状をふまえて、以下の2点を強調しておきたい。

  1. 1つは、「日本人はもっとプライドを持つべきだ!」ということである。長年の日米関係の下で日本はアメリカに対し「負け癖」がついてしまっており、勝つための外交交渉が本気で行われていないし、そのための体制も整備されていない。日本人はプライドを取り戻して、外交交渉力の増強を本気で追及すべきであろう。
  2. 今ひとつは、近年国民が失ってしまった日本政府に対する批判精神を再度取り戻すことである。小泉総理は、米国産牛肉の輸入再開について「米国産が良いのか、日本産が良いのか、それぞれの好みもある。値段も高い安いがある。…好き嫌いもある。早くアメリカの牛肉を食べたいという人もいる。個人の選択の問題だ」と語り、政府の責任を完全に棚上げし個人の自己責任の問題に矮小化してしまっている。しかしたとえば混合肉の場合、米国産牛が50%に満たない場合には表示義務がないため、国民は米国産牛肉が混入されていることを認識すること自体できない。自己責任を問う環境そのものが整っていないことが問題なのである。かつてであれば、国民の安全にかかわる問題で総理がこのような発言をしたとすれば、一気に批判が高まり支持率は急減したはずである。今回、この発言で小泉政権の支持率が低下したという事実は見当たらない。国民の批判精神が希薄化し、政権チェック能力が低下してしまっていることは明らかである。本当に危険なのはこのことなのである。

(2006/07/26 執筆)

第6回 ビジネスチャンス!「新連携支援」

7月 17th, 2006

元記事

中小企業経営者の皆さん! 国の中小企業向けの支援策である”新連携支援”という制度を知っていますか?これを活用した新しいビジネスが次々と生まれています!

「新連携支援」の活用

2005年4月からスタートした「新連携支援」は、画期的な中小企業支援策である。この支援策を活用して、新しい事業を展開する中小企業も少なくない。私も関東経済産業局「新連携支援」の事業評価委員長として、この施策に深く関わっている。「コレが言いたい」の第6回は、この「新連携支援」を取り上げることにしよう。

「新連携支援」とは・・・

中小企業の場合、経営資源は乏しく、販路拡大の能力も限られている。イノベーションへの刺激も少ないといってよい。こうした限界を補いつつ、中小企業の「革新と創造」をどのように支援していくかは今日の中小企業支援策の最も重要なテーマである。そこで打ち出された施策が新連携支援政策である。それは、中小企業が連携して新製品の開発や新たなビジネスモデルを事業化しようとする場合に、最長5年にわたって国がそれを支援するというものである。

企業間の組織やそれらが集積する地域への支援ではなく、プロジェクトそのものへの支援であること。また、補助金を与えて終わりという従来の支援とは違って、申請書類の作成から事業化に至るまで、最長5年にわたって専門家たちがずっと付きそう形で支援していくこと。こうした点で、従来にない特徴を備えた支援策である。もちろん、補助金の仕組みも用意され、連携体を構築するための費用として500万円、実際に事業化を実現するためのものとしてさらに3000万円を上限に補助金が受けられる。

また、関東経済産業局では、専門家による中小企業支援グループの中に金融機関関係者を取り込んでいる。地域金融機関ほど地域の中小企業の実情に詳しい存在はないし、また事業化となった場合の資金手当てにも役割を果たしてもらえるからである。実際、認定案件の中には、金融機関の呼びかけで実現した「連携」など、金融機関が直接からんでいるものも少なくない。

図1:「新連携支援」とは・・・

新連携支援策によって生まれた新規ビジネス

私は関東経済産業局が実施する「新連携支援」において、プロジェクトの事業内容を評価するために設置された「事業評価委員会」の委員長を務めている。そのため申請案件にいち早く出会う機会をもつわけだが、そのたびに日本の中小企業の底力と企業連携支援の意義を実感させられている。一中小企業の「小さな発見」が他社との連携によって「大きな付加価値」をもつ事業に進化されていく様子、また、支援を担当するマネージャーの体験や人脈を活かした具体的な戦略提案によって、当初の事業計画が実現可能なものにブラッシュアップされていく様子は、傍で見ていても感動に値する。

また、本業以外の「わき道」的発明を企業間連携で大きな付加価値を生む事業へと発展させるというケースもある。たとえば「ワイピーシステム」はその本業であるメッキ事業のために開発した二酸化炭素洗浄装置の技術を応用して、本業とはまったく関係のない二酸化炭素消火器を企業間連携を活用して開発した。

同社社長の吉田英夫氏が二酸化炭素洗浄装置の売り込みのためにある販売先を訪れた際、洗浄ノズルの先から細かなドライアイスがガスのように噴出する様子を見て、販売相手が「これって、消火器にも使えるんじゃないの?」と口にしたことがきっかけとなった。もちろん、メッキ事業を本業とする同社にはその経験もノウハウもない。そこで、吉田社長は洗浄装置の開発の際に関わった企業を中心に連携体を構築し、さらに関東経済産業局の新連携支援を受けることを構想した。

消火器の要ともいえる二酸化炭素ボンベの供給は、「東栄化学」。消火器のバルブ開発は「三吉バルブ」の協力を取り付け、意匠デザインは「インターフェース」、部品組み立ては「日本ユニバーサル電気」の力を借りることにした。実験部門は消火器販売でトップを誇る「千代田防災」、アドバイザーとして元消防官も迎えた。

「国の補助金をもらっている事業なので連携各社が安心して参画できる」と、同社社長は語る。また、「ぶつかっていく問題が1つ1つ未知の領域であるが、そういうところでアドバイスをもらえるのがメリットである」とも語っている。担当した支援マネージャーは、グループ間の連携を上手く保つようにアドバイスしたという。

成功のポイントについて、この新連携支援策に中心的に携わってきた関東経済産業局の楠田正二部長(本年7月に退任)は、次のように語っている。

①市場からみたビジネスモデルになっているか、
②金融機関からの協力は得られるか、
③コア企業のリーダーシップによるチームワークは万全か-がポイントです。

新連携支援策では、すでに全国で168件が支援先として認定され、受け付けた相談は5000件にものぼるという(2006年6月現在)。

コレが言いたい
――中小企業支援で新たな「国づくり」

新連携支援策に関しては、何よりも以下の3点を強調しておきたい。

第1は言うまでもないことだが、経営者にはぜひこの新連携支援策に応募してほしいということである。多くの中小企業が挑戦し、新製品や新ビジネスが多く誕生してこそ、日本経済は本当の意味でデフレを脱却し、力強い成長軌道を再び歩み始めることになる。

第2は「継続こそ力だ!」ということである。この支援策が年々継続されていくことで支援を担当するマネージャーたちにさまざまな情報や知恵が蓄積され、より有効で強力な支援が可能になる。

第3は「中小企業支援を通して新たな連携が生まれる!」ということである。それぞれ取引金融機関を異にする中小企業同士が連携し、新たなプロジェクトを事業化しようとすれば、本来金融機関が相互に連携して、これを支援し育てることが必要になるはずである。現状では金融機関相互のコミュニケーションはきわめて希薄であるが、新連携支援への参加を契機に金融機関相互のかかわりが深まっていくことが期待できる。さらに同様のことは、行政組織間についても言えよう。たとえば医療器具など厚生労働省が関与する製品やビジネスに中小企業の連携体が取り組もうとした場合、これを支援するためには経済産業省と厚生労働省との連携も必要になる。

中小企業が連携し、その支援のために金融機関や行政が連携する。こうした関係の広がりは、中小企業支援を通して新たな日本経済の形が形成されていくということでもある。

(2006/07/17 執筆)

第5回 そんなに急いでどこに行く? 医療改革関連法案

7月 5th, 2006

元記事

5月17日、今国会で初めて与党が強行採決に踏み切った医療改革関連法案。翌18日に衆議院を通過し、翌月16日には参議院を通過して成立した。

強行採決してまで・・・?!

医療改革関連法案を委員会で強行採決したシーンが、ニュースなどで度々報じられた。生活に大きく変わる法案が強行採決されれば、従来であれば内閣支持率は急落したものだが、今回はそれほどでもない。医療費が日本にとって重荷になっているという考え方が、国民の間ですっかり常識化しているからかもしれない。だが、本当にそうなのだろうか。「コレが言いたい」の第5回は、この医療改革関連法案をとりあげることにしよう。

医療改革関連法案とは

医療改革関連法案が成立したことによって生じる主な変更点は、以下のものである。

まず、本年10月から

  • ①70歳以上で現役世代並み所得者の窓口負担が2割から3割に引き上げられる。ちなみに、「現役世代並み」というのは1世帯(2人)で年収520万円以上の所得者をさし、およそ11%、200万人が当てはまる。また、
  • ②70歳以上の長期入院患者の食費・居住費が自己負担化される。さらに、
  • ③高額療養費の自己負担限度額が引き上げられる。

医療費の自己負担(窓口負担)の引き上げはこれにとどまらず、今後も段階的に引き上げられていくことになった。

2008年4月からは、

  • ④70~74歳の窓口負担が1割から2割に引き上げられ、
  • ⑤75歳以上が全員加入する「高齢者医療制度」が新設される。
  • ⑥2012年4月からは、長期入院高齢者のための介護療養病床が廃止され、これによりベッド数は38万床から15万床へと減少することになる。

なぜ強制採決までして、こうした医療改革を今国会で通す必要があったのか?それは、医療費の自己負担(窓口負担)を増やすことで、政府が社会保障関連支出を抑えたいと考えているからにほかならない。政府の試算によれば、現在政府は医療費として28.3兆円を支出しているが、現行制度のまま放置すると20年後にはこれが56兆円にまで達することになる。しかし、今回の「改革」を実施して、患者の自己負担を増加させれば、政府の医療費支出は49兆円にまで抑えることができるとしている。

国民皆保険の仕組み

(図表1)国民皆保険の概念図
図表1:国民皆保険の概念図
はじめての社会保障 有斐閣アルマ 椋野美智 田中耕太 P26より

周知のように日本では国民すべてが公的な医療保険への加入を義務付けられている。いわゆる国民皆保険である。勤め人は勤め先企業の健康保険組合か共済組合に加入する。(船員の場合には船員保険)。なお、勤め先が中小企業などで健康保険組合が作られていない場合には、政府が運営する政府管掌健康保険に加入する。これらに加入していない他の国民は国民健康保険に加入し、そのことで国民皆保険が支えられている(図1参照)。

保険組合や共済組合などは加入者が負担する保険料で医療費の支出がほぼまかなわれているが、国民健康保険については加入者の収める保険料では必要な支出の35%程度しかまかなえていない。残りは国・県・市町村の補助金でまかなわれおり、財政支出を抑制したい政府にとっては、この補助金をいかに小さくするかが課題になる。こうして国民保険加入者の窓口負担を引き上げていくという「改革」が進められることになる。なかでも、これまで窓口負担を抑制してきた高齢者の負担増が「改革」の中心となり、今回の医療改革関連法案の提出となった。

しかし、病気になることの少ない若い層であれば窓口負担が引き上げられても実質的に家計に及ぼす影響は少ないが、病気になることが多く医療機関に通う回数も多い高齢者の場合には窓口負担が1割増加しただけでも、家計に大きな影響をおよぼす。今回の改革によって高齢者は月3万以上の負担増になるとする試算もある。

日本は医療小国

医療費が膨大になりつつあるのだから、「改革」はやむをえないーーそう考える国民も少なくない。だからこそ、強行採決が行われても内閣支持率が下がらなかったのであろう。窓口負担を重くすれば、政府支出が抑制されるだけでなく、患者たちが医療機関に行きにくくなることで医療費全体の支出が抑制されると歓迎する人々もいる。そういう人たちに、ぜひ知っておいてもらいたいことが3つある。

その第1は、日本は実は「医療小国」なのだという事実である。

(図表2)DECD諸国の医療費対GDP率(2003年)
図表2:DECD諸国の医療費対GDP率(2003年)

図表2は、医療費(患者が窓口で負担する部分も含めた医療費全体)の対GDP比率を見たものだが、日本は世界で17位、7.9%でしかない。これは米国のおよそ半分であり、ドイツの11.1%と比べてもかなり低い。ちなみに、日本では入院患者100人あたりの医師数は12人だが、これはアメリカの5分の1、ドイツの3分の1という状況である。看護職員数で見ても日本では41.8人、これもアメリカの5分の1、ドイツの2分の1でしかない。どうみても日本は医療小国である。

第2に、日本は医療費だけでなく、年金や介護を含めた社会保障全体に対する支出でも他の先進国と比べて著しく小さい。

(図表3) 社会保障給付費の国際比較
対国民所得と対GDP
図表3:社会保障給付費の国際比較   対国民所得と対GDP

図表3は、日本の年金や福祉を含めた社会保障給付費のGDP比をみたものだが、2006年度は17.5%に過ぎず、他の先進国に比べ圧倒的に小さい。厚生労働省が行っている2025年予測でも、対GDP比は19.0%に達するに過ぎず、これはドイツの2001年水準である28.8%よりも10%程度低い。なお、この2025年度予測の際の医療費は60兆円を想定しており、それは今回の医療改革を前提としていない数値である。つまり、今回の「改革」を実施しないで、医療費がこのまま2025年まで増え続けたとしても、社会保障給付費の水準は、ドイツの現状よりも圧倒的に低いということである。医療費が嵩んで今にも日本が沈没するかのようなことを言う評論家や学者が少なくないが、そうだとしたらドイツなどはとっくに沈没していることになる。強行採決までして、医療費の抑制を急がなければならない理由は、そのかぎりでは見つからない。

第3に、国民の負担意識である。テレビ東京のアンケート調査によれば「社会保障充実のためなら、10%まで消費税を上げてもいい」とする回答が25%を占めている。負担増になっても、医療等のサービスを公的セーフティーネットとして確保したいと考えている国民は多いということである。日本政府が過去に溜め込んだ赤字の穴埋めのために、社会保障支出を抑えようとして患者に窓口負担を強いることは、こうした国民の要望に反するものである。

コレが言いたい
――「福祉国家」として日本のあるべき姿を示せ!

医療制度改革において留意すべきことは、以下の3点である。

  1. 第1は「医療費亡国論」的な医療費節約志向は間違っているということ。「医療費は少なければ少ないほどいい」「政府は小さければ小さいほどいい」といった単純な論調がまかり通っているが、上にも見たように日本は他の先進国と比べて医療費水準はかなり低い。日本が「福祉国家」として、どの程度の水準の社会保障を目指すべきか、その国民的合意を試みることが先決である。
  2. 第2に「冷たい政府」では制度は守れないということ。保険料という形をとるにせよ、税金という形をとるにせよ、社会保障の充実のためには国民負担の増加は欠かせない。政府が患者の窓口負担を増やしたり、提供するサービスのレベルを落としたりして、安易に社会保障関係支出の削減を強行すれば、国民の公的セーフティーネットへの信頼が失われ、国民は1円たりとも新たな負担増に応じたくないという気持ちになる。これこそ制度破壊につながる。政府は「暖かい政府」としての信頼を得る努力をして始めて、国民に負担を求めることが可能になり、公的セーフティーネットを守ることができるのだということを忘れてはならない。
  3. 第3にアメリカやイギリスは「反面教師」だということである。公的セーフティーネットが充実していないアメリカでは4000万人の無保険者がおり、「安全」「安心」は高額所得者のみが手に入れることのできる「高価な商品」となっている。また「小さな政府」を目指したサッチャー改革で医療費の公的負担を削減し続けてきたイギリスでは、いまや100万人もの入院待機者がいるという状況にまで陥っている。こうした状況を「反面教師」として、あらためて「福祉国家」としての日本のあるべき姿を示すことが肝要である。

(2006/07/05 執筆)

山口義行・公式WEB

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