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第51回山口教授のコレが言いたい!2011年

7月 2nd, 2014

サービサーを考える
~1通のメールから~

 先日、スモールサン会員からあるメールが届き、これがサービサーについてあらためて考えるきっかけになった。


横暴さが目に余るサービサー

そのメールとは下記のようなものである。

「昨日、私のクライアントに驚くべきことが起こりました。こんなことも現場では起こっているということを知っていただきたくてメールしました。

 この会社は都内でドラッグストアを経営する中小企業です。最盛期は十店舗ほど営業しておりましたが、近年の低価格戦争、薬事法改正などで経営環境が変化し、採算が厳しくなりました。一昨年ごろより、取引銀行の理解をもらいながら事業再生に取り組み、不採算店はクローズをしつつ、現在は3店舗でどうにかこうにか頑張っています。

 しかし、この度の震災以降の消費者マインドは東京でさえ消極的となり、前年比30%減という状況の中、そんな折も折り、昨日の夕刻に裁判所から執行官が来店し、レジの中の現金を差し押さえました。釣り銭まで持っていかれては営業に差し支えると店長が懇願し、どうにか、その分は残してもらったそうです。

 小売店にとって、1日の売り上げを丸ごと差し押さえることは死活問題です。また、営業時間中に店頭でレジのお金を差し押さえるということは、お客さまの目もあり風評の悪化を招きかねず、実に配慮の無い行為といえます。

 この差し押さえを行った債権者は、●●●●債権回収という消費者金融系のサービサーです。このサービサーは銀行からの債権譲渡当初から、ろくに交渉の機会も与えず、威圧的な取り立てをし、昨年末には稼働中の店舗の保証金を差し押さえるという強攻策を行ったため、危うく大家から解約寸前にまでなりました。もし解約ということになっていれば即倒産でした。(この一件は法務省にご報告しました)。さらに今回の店舗レジの現金です。

 私の経験では、悪質な税金の滞納者がこのような差し押さえをされた例は知っていますし、それは致し方なかったと思っています。しかし、今回の事例は、もともと銀行が貸し出した債権を、銀行の都合で不良債権処理としてサービサーに譲渡したものです。

 現在、中小企業に手厚い施策を行っている金融庁や中小企業庁の管轄を離れ、サービサーの主務官庁である法務省下では、このような『何でもあり』とも取れる無謀な回収を見過ごされていることが許されてよいものかと危惧(きぐ)しております」。


何のためのサービサーか

 読者諸氏は、このメールをお読みになってどのような感想をもたれるだろうか。

 1998年10月、「債権管理回収業に関する特別措置法」が公布され、1999年2月から同法が施行となった。サービサーとはこの法律に基づいて許認可された債権回収会社のことである。

 第一条には、同法制定の目的が次のように記されている。

「特定金銭債権の処理が喫緊の課題となっている状況にかんがみ、許可制度を実施することにより弁護士法の特例として債権回収会社が業として特定金銭債権の管理及び回収を行うことができるようにするとともに、債権回収会社について必要な規制を行うことによりその業務の適正な運営の確保を図り、もって国民経済の健全な発展に資することを目的とするものである」。(1条関係)

 一定のルールの下に、それまで弁護士しかできなかった「債権回収業」を民間業者に開放する。それを可能にしたのがこの法律だが、そのことで不良債権処理の加速化を促す。そこに同法の目的があるのだと記している。まさに、バブル後遺症の重荷にあえいでいた当時の日本の状況を映し出している。

 しかし、現在の日本の最重要の政策課題は、もはや不良債権処理の加速化ではない。そのことは、不良債権処理の加速化という課題とはまさに正反対の位置関係にある、「返済猶予法案」の延長措置に端的に表れている。

 今日の政策課題はいうまでもなくリーマンショック、そして大震災という二度の大きな打撃を受けて「沈没」しかねない日本経済を一刻も早く再生させ、あらたな成長軌道に乗せることにほかならない。とすれば、当然のことながら、サービサーが担う役割にも変化が生じてきてしかるべきである。


企業再生の担い手としてのサービサー~その新たな役割~

 その役割とは、一言でいえば「企業再生」。不良債権処理の加速化から企業再生の支援へと時代の課題が変化しつつある。とすれば、サービサーも「企業再生の担い手」としての新たな社会的役割を自覚し、それを実践していかなければならないはずである。そうでなければ、サービサーは「取り立て屋」として社会的非難の対象になるだけであり、その非難はサービサーを活用する金融機関にも及ばざるを得ない。

 上記のメールは、こう締めくくっている。

「債権回収が仕事の会社とはいえ、サービサーはもっと崇高な理念が徹底されるべきで、ただ利益追求に走るのではない、自己規律のようなものが求められるのではないでしょうか」。

 そこで私は、差し当たり2つのことを提案したい。

 第1は、サービサーの所管を法務省から金融庁ないしは経済産業省に移すことである。かつては不良債権処理の促進一辺倒だった金融庁は、今やリスケジューリングの推進役を担っている。時代の変化に対応して、自らが果たすべき役割も変わるべきことを認識しているからである。法務省にこうした柔軟な対応を求めることは難しい。サービサーがその法務省の管轄下にいる限り、自分自身の果たすべき社会的役割やその存在意義を十分に認識することも難しい。

 第2は、サービサーを震災復興に積極活用することである。スモールサンニュース本号の巻頭記事の中にもあるように、スモールサン・プロデューサーでM&A仲介を専門としている萩原直哉氏は、サービサーを活用することで、いわゆる二重ローン問題を解決できるのではないかと提言している。

「二重ローンの話が出ていましたが、負債の重荷を減らす方法の1つにサービサーの活用という手法があります。銀行が被災企業に対する債権を安く、例えば10分の1でサービサーに売って不良債権処理をしてもらい、被災地でない他地域の元気な企業が被災企業に出資して、そのお金でそのサービサーから安く債権を買い戻せば、被災企業は過去の借金の重荷をおろして企業再建に取り組むことができる。こんなやり方もありますから、私は被災地に出向いていろいろな企業の悩みをお伺いしてみようと思っています」。

 サービサーが企業再生のプロセスの一端を担うことで、震災からの復興に貢献する。こういう実例を数多く生み出すことで、サービサーは「企業再生」の担い手として、日本社会に新たな居場所を見いだすことなる。

 時代を味方にできる企業のみが成功を手にする――この当たり前の法則を、今こそサービサーも自覚してもらいたいものである。

(2011年6月7日執筆)

(2011年/スモールサンニュース6月号より)

第50回山口教授のコレが言いたい!2011年

7月 2nd, 2014

中小企業経営者には「支援を生かす」責務がある
~行政と中小企業の共同作業で、”活力ある日本経済”を復活させよう!~

東日本大地震によって、全国各地の中小企業は深刻な打撃を被った。そのダメージを少しでも和らげ、早急に活力ある日本経済を再生すべく、現在さまざまな緊急支援政策が中小企業向けに実施されようとしている。中小企業経営者は、今こそこの支援策を積極的に活用して、日本経済の再生に貢献する責務がある。


スモールサンによる「政策提言」

 震災後、私がスモールサン会員諸氏から寄せられた現状報告や政策要望を踏まえて、「政策提言」書を作成し、それを櫻井充財務副大臣や中山義活経済産業大臣政務官のところに届けたことについては、読者諸氏はすでによくご承知のはずである。

 前号のスモールサンニュースの巻頭対談でも述べたように、「政策提言」を作成するにあたって、私がもっとも強く主張した点は、「今回の震災については『間接被害』の概念を広くとらえて施策を講じなければ、十分な政策効果が得られない」ということであった。

 被災企業から一部の部品が供給されないために、生産がストップしている中小製造業者がいる。復興需要の影響で建設資材が手に入らないために、建物の引き渡しができず、資金繰りに窮している工事業者がいる。計画停電の影響で、売り上げが大きく落ち込んだ中小企業が続出した。風評被害で売り上げが急減している輸出業者がいる。自粛ムードでキャンセルが続き、売り上げが90%減という飲食店や旅行関係業者が少なくない。

 さらに、震災によって原材料が手に入らないために、親会社が休業状態にあり、その影響で待機を余儀なくされている下請け中小企業がいる。

 これら中小企業のすべてが震災の「間接被害者」であることは明白である。ところが、政府の規定によれば、これら中小企業はすべて、「間接被害者」ではないということになってしまう。

 なぜなら、政府が規定する「間接被害者」というのは、あくまでも被災企業との取引が全体の2割以上を占める企業だけだからである。これでは、せっかくの支援策の効果も大きく減殺されてしまう。どうしても改善を求めなければならない――これが、「政策提言」を行った際の、私の最大の問題意識であった。


成果が見えた「中小企業支援ガイドブック(バージョン3)」
~信用保証の対象を「その他、震災の影響により、業績が悪化している方」に拡大

 第一次補正予算成立(5月2日)後に作成された経済産業省の「中小企業向け支援策ガイドブック(バージョン3)」を見ると、この点についてたしかに改善がみられる。今回震災対応で拡充された「信用保証」の対象者の範囲に、従来の「直接被害者」や「間接被害者」に加えて、「その他、震災の影響により、業績が悪化している方」が新たに加えられているからである。

 補正予算を踏まえた新たな「ガイドブック」が作成されたことを、私に連絡してきてくれた中小企業庁の部長は、そのメールに「先般いただいたご意見も踏まえて、保証制度も、被災地域以外の事業者についても拡充した」とする一文を添えてくれた。スモールサンという中小企業ネットワークを背景に「政策提言」を行ったからこそ得られた「成果」である。

 そもそも支援政策は、政府から中小企業への一方的な「施し」ではない。それは、日本経済の維持発展のために、“現場”を担う中小企業経営者と行政担当者との「共同作業」で策定されるべきものである。学者や専門家は、この両者の間に立って知恵をしぼるのが仕事である。


スモールサンが設定する行政担当者との意見交換の場に、経営者は積極参加を!

 実際、現場からの指摘を受けて行政マンや私たち学者が問題を初めて認識するということが少なくない。例えば、先日、産廃業を営むある会員さんから、私のところに下記のようなメールが届いた。

「被災地域の復興に当たっては産廃業者の果たす役割は大きい。ところが、産廃業の認可はそれぞれ地元の自治体から得たものなので、他県の業者は被災地域で活動することができない。これを政府が特例措置などで対応すれば、多くの業者が復興活動に参加でき、早急な復興も可能になる。ぜひ、政府に進言してほしい」というものである。

 これは私にとっては、このメールで初めて知った問題である。早速、テレビなどで、「特例措置」の必要を訴えるとともに、5月15日の「日曜大学」でのパネルディスカッションで、中山政務官にもぶつけることにした。

 また、4月15日にスモールサンが開催した「中小企業庁担当者による説明会&意見交換会」でも同様のことが起きた。

あるスモールサン会員が、夏の節電をスムーズに行うためには、電気料金の仕組みを変える必要があると中小企業担当者に提言したのである。

 計画停電なしに夏場の電力不足を乗り切るためには、午前10時から午後2時の間のピーク時の需要を、早朝や深夜にシフトさせる「分散化」が必要になる。この点について、会員は下記のような発言をした。

「高圧電力は一日のうち、最大に使用した値(デマンド値)によって1年間の契約電力の基本料金が決まってしまう仕組みになっている。例えば、3月10日に最大値に達した場合、この日から換算して1年間の契約電力基本料金が決定してしまう。したがって、来年の3月10日を待たなければいくら節電をしても基本料金が下がらない。この仕組みを変えなければ、節電へのモチベーションも起きてこない。早急に改善をはかるべきである」

 この指摘で事実を始めて知った中小企業庁の部長は、その後早速資源エネルギー庁に問い合わせて、同庁からつぎのような「回答」を引き出してくれた。

「【回答】 御指摘のような過去一年間の最大需要電力により基本料金が決定される形態(デマンド制)については、自由化領域であり、規制の対象外でありますが、ご要望については、夏の需要対策の観点から料金において工夫を行えないか、東京電力に伝えてまいりたい」

 このやり取りが実際の「成果」につながるかどうかは未知数だが、もし改善につながれば、関東圏の企業に大きな影響を及ぼすことになる。仮にそうなれば、スモールサンが仲介した行政と中小企業経営者との「共同作業」が、また一つ実を結ぶことになる。これはまた、行政担当者との交流の場に多くの経営者が参加することが、いかに重要であるかを物語るものでもある。


支援政策を「現場に生かす」のは中小企業経営者の責務

 さらに重要なのは、いかにりっぱな支援政策が策定されたとしても、それを「現場で生かす」ことができなければ、「絵に描いた餅」にすぎないということである。ここでも、中小企業経営者の果たす役割は大きい。

 というのは、中央政府のところで決定された方針がすぐに全国に浸透するわけではないし、それがどの程度具体化されるかはむしろ現場の実践のなかで徐々に固まっていくものだからである。

 4月15日の「説明会&意見交換会」に参加したある会員から、後日こんな報告を受けた。

「15日の会に参加して、中小企業庁が金融機関だけでなく、リース業者に対しても、リスケへの積極対応を求めていることを知った。そこで、地元に帰ってから、早速取引関係にある政府系金融機関とリース業者を訪れ、リスケジューリングをもとめた。当初は対応が冷たかったが、それが中小企業庁の方針であることを、15日に配布された資料を見せ、同日中小企業庁の部長から頂いた名刺も見せて説明したところ、対応が一変し、リスケ交渉も大変有利に進んだ」というものである。

 中小企業支援政策は、このように中小企業経営者の言動を経て初めて「生かされる」のである。

 スモールサンでは、行政担当者と中小企業経営者との交流の場を設定していきたいと考えている。できれば、そうした「場」を日常的に定期的にもつことも考えていきたい。もちろん、会員諸氏がその場に積極的に参加していただけることが前提ではあるのだが。

(2011年5月9日執筆)

※中小企業庁の「中小企業支援ガイドブック(バージョン3)」は下記で見ることができる。中小企業経営者であれば一度は目を通しておきたいものである。

http://www.chusho.meti.go.jp/earthquake2011/

download/EqGuidebook-ver3.pdf

(2011年/スモールサンニュース5月号より)

第49回山口教授のコレが言いたい!2011年

7月 2nd, 2014

「奪い合う経済」から「分かち合う経済」へ
~電力不足問題が提起したもの~

 大震災がもたらした電力不足。当初政府はいわゆる「計画停電」でこの問題を乗り切ろうとした。しかし、1日数時間の停電が引き起こす経済的な打撃はあまりにも大きい。なんとかこの方式によらずして、電力不足を乗り越えることはできないかと現在さまさまな試みが提起されている。


「輪番操業」の提案

 その1つとして注目されているのが、自動車工業会が提案しようとしている「業界別の輪番操業」である。日経新聞はこう報じている。


     自動車工業会(志賀俊之会長)は、自動車や電機、素材など主要業界ごとに休日を決めて工場の操業を一斉に止める「業界別の輪番操業」を近く提案する。……

     例えば月・火曜日は自動車、水・木曜日は鉄鋼、金・土曜日は電機といった具合に主要業界が休日を設定。金融や流通業界にも広げていくことを想定している。
    (2011年4月7日日本経済新聞)

 経済産業省は工場などの大口事業者に、夏のピークの電力需要を25~30%削減するよう求めることで、電力不足問題を乗り切ろうと考えている。しかし、この要望に応えようと各社がばらばらに節電を実施すると、A社の工場が操業していても、B社が休業中のために部品が手に入らず、結局生産が続けられないということになりかねない。

 そこで、業界として効率的に節電するには、加工組立などを行う会社とそこに部品を納入する会社が一斉に工場の操業を停止する必要がある。これは、国内に7000社を越える部品会社をもつ自動車業界にすれば切実な問題である。こうした業界の事情が、「業界別の輪番操業」の提案となった。


「分かち合い」の仕組みづくり

 もちろん、この提案が簡単に実現されるとは思えない。「業界によっては2~3日ごとに工場の操業を止めると品質が低下するといった問題もあり、調整は難航する可能性もある」(同上紙)。しかし、その成否は別にして、この試みが新たな社会システムの提案でもあることに、私は注目したい。

 それは一言でいえば、一時的にせよ、「奪い合う経済」を「分かち合う経済」へと転換させようとする試みだからである。

「電力が不足するのなら、電気料金を上げればいい」と主張する人たちもいる。たしかに電力使用のコストが上がれば、そのことが節電の工夫を促すことにもなり、決して不合理な提案だとはいえない。

 しかし、それは、高所得者は今まで通りで電気を使用できるが、低所得者は使用の抑制を余儀なくされるという意味で、低所得層に負担を押し付けて事態を切り抜けようという社会的不公平感を生みかねない提案である。経済界でいえば、競争力のある大企業はコスト増を製品価格に転嫁することができるから、今までどおり電気を使用できるが、製品価格への転嫁が難しい中小企業は電気の使用を抑え、結果として売り上げの縮小に甘んじざるをえないということになる。


将来の先取り

 このように、「いわばカネにモノを言わせて、電力という資源を奪い合う」というのも1つの解決手段かもしれない。しかし、これとはちがって、関係者が話しあって合理的に資源を「分かち合う」という解決手法もある。「輪番操業」は、言ってみればそうした提案の1つとして位置づけられる。

「少ない資源を分かち合って、経済を動かしていく」――これは、CO2問題や化石燃料枯渇問題に象徴される地球資源の限界を考慮するなら、いずれ人類が取り入れなければならないシステムである。

「輪番操業」は、震災による電力不足問題という一時的な外的強制に起因しているとはいえ、日本がいわば将来を先取りして、あらたな社会システムを実験的に導入しようとするものだともいえるのである。その意味で、これは決して「暗い話」ではない。


求められる生産性の向上と高付加価値化

 断っておくが、「奪い合う経済」から「分かち合う経済」への転換がいずれ生じるのだといっても、それは市場競争がなくなることを意味するものではない。
 企業は限られた資源を極力有効に活用して、市場競争を勝ち抜いていかなければならない。省エネを進めながら、いかに生産性を高めていくか。どのようにしてより高付加価値な製品を提供できる会社になるかなど。企業間競争がより高度化されることになる。当然のことながら、それに応じて中小企業経営者の力量もアップしなければならない。――そんな時代が近いことを、電力不足問題が提起している。直面する事態を、こう捉えることはできないだろうか。

(2011年4月9日執筆)

(2011年/スモールサンニュース4月号より)

第48回山口教授のコレが言いたい!2011年

7月 2nd, 2014

TPP(環太平洋連携協定)参加問題
~何が問われているのか~

「先生は、日本がTPPに参加することに賛成ですか?それとも反対ですか?」――最近、こういう質問を受けることが多い。もっと端的に「TPP参加の応援団になってください」とか、「TPP参加に反対する会に入ってください」という要請を受けることも少なくない。

「賛成か、反対か」――いずれは私も立場を鮮明にすべき時が来るとは思うが、現在ではそのどちらとも言いがたいというのが正直なところである。というのは、TPPという舞台の上で日本政府が果たしてどんな「踊り」を舞おうとしているのか、それがはっきりしないからである。


TPPとFTAとの違い~TPPでは国の形が問われている~

 中小企業経営者の中には、TPPをFTAと「同じようなもの」だと認識している人も少なくない。しかし、これは大いなる勘違いである。

 FTAは自由貿易協定と訳されるように、あくまでもモノやサービスの貿易に関する協定であって、そこでの主なテーマは関税の引き下げである。これに対し、TPP(環太平洋連携協定)は貿易のみならず、投資、金融、労働といった広範囲に及ぶ問題について各国共通のルールを作ろうとするもので、それはFTAと違って、国の制度さらには文化や伝統にさえ影響を及ぼしかねないものなのである。

 表は、TPP交渉の作業部会の一覧だが、これを見ただけでも、その対象となる課題がいかに広範囲にわたっているかが確認できる。
3

 つまり、「関税が引き下げられ輸出がしやすくなるのなら、大いに賛成!」といった具合に、簡単にはいかないのがTPPなのである。

 例えば、「金融サービス」について考えてみよう。日本では近年金融業界の「改革」が積極的に進められてはきたが、いまだアメリカの金融システムとはかなり異なっている。アメリカでは銀行の自己資本比率規制は10%だが、日本では8%、特に海外での業務を行わない地方銀行や信用金庫では4%が守るべき最低基準になっている。

 日本がTPPに参加することで、仮にアメリカと同様の基準を求められるようになったとしたら、これら金融機関は自己資本比率の上昇を余儀なくされ、結果的にその貸出能力が低下しかねない。となれば、これら金融機関に依存している中小企業にも多大な影響が及ぶことになる。

 それだけではない。アメリカの金融機関が日本市場に参入する際の障害になっているとして、中小企業に低利融資などを行っている政府系金融機関の存在が問題視され、その縮小を求められることも考えられる。これも中小企業にとっては看過できない問題である。

 いずれにしても、「TPP参加で困るのは農業だけ」といった発想で、簡単に賛否を判断することは大いに危険なのである。

 こうした問題について、日本政府がどのような態度で交渉に挑もうとしているのか。そして、どこまで自己主張し、どこまで譲歩するつもりなのか。こうした点がはっきりしないかぎりは、「簡単に賛成などできない」というのが私の立場である。


誇るべき日本の医療保険制度が壊される危険

 TPPで交渉のテーブルに乗せられる「金融サービス」の中には、「保険」も含まれている。周知のように、アメリカの保険業界は政府に対する最強の圧力団体の1つである。実際、小泉政権がアメリカ政府の意向を受けて郵政民営化を懸命に進めた背後には、「簡保」の存在を市場参入の障壁とみて、その縮小を希望したアメリカ保険業界の強い要請があったと言われている。

 日本がTPPに参加すれば、そのアメリカの保険業界の圧力も避けることができなくなる。それは、日本が世界に誇る「公的国民皆保険制度」の実質的な崩壊につながりかねない問題を含んでいる。

 というのは、アメリカ政府は保険業界の意向を受けて、日本に対し「混合診療の解禁」を強く求めてくるにちがいないからである。「混合診療の解禁」を安易に進めていけば、徐々に公的保険の適用外の医療が拡大し、やがては「進んだ医療を受けたければ、保険外で」というのが一般的になりかねない。

 そうなれば、その高額な治療費を賄うために、国民は公的保険以外に民間の医療保険にも入らなければならなくなる。これは、アメリカの保険業界のビジネスチャンスを広げることにはなるが、日本国民にとっては大いに問題である。

 政府はこの点についてどのように考えているのか。その姿勢を明らかにしないまま、TPP参加への賛成を国民に求めようとしている現状は、まったくもって不可解だと言わざるをえない。


TPP参加を「開国」と位置づける菅政権の危うさ

 要するに、TPPへの参加を問うことは、政府が「どういう国をつくろうとしているのか」という、その国家理念を問うことなのである。したがって、菅政権は自身が目指す「国の形」を明示し、その国づくりを進める上でTPP参加がどのような意義を有するものなのかを国民に示さなければならないのである。

 残念ながら、菅政権にはこうした問題意識はほとんど見られない。その証拠に、TPP参加を「平成の開国」と称して、国民に同意を求めるキャンペーンを展開している。そこに見られるものは、アメリカの要望に合わせて国を「開く」という受け身の姿勢でしかない。この危うさこそが、国民の間に強い不信と不安を呼び起こしているのである。菅首相が一刻も早くこのことに気づいてくれることを期待したい。

(2011年3月6日執筆)

(2011年/スモールサンニュース3月号より)

第47回山口教授のコレが言いたい!2011年

7月 1st, 2014

“人が育つ会社づくり”、“人が育つ地域づくり”
~イタリアブランド企業の実践に学ぶ~

「観たよ!」という方もおられると思うが、本年1月11日から14日まで、私はNHK(BS1)で放送された、「イタリアブランドパワー~地方にこだわる世界企業」に5夜連続で生出演した。そこで目の当たりにしたものは、人・企業・地域・世界という4つの要素が相互に絡み合い、支え合うことで見事にブランドパワーを生み出しているイタリアの現実であった。

「日本の中小企業も世界市場にもっと進出すべきだ」(=「中小企業の国際化」)ということについては、すでに何回かこのコーナーでも主張してきた。今回は、上の4つの要素のうち、特に人と企業、人と地域とのかかわりを中心に、イタリアブランド企業の歴史とその実践を紹介したい。


人材が企業を呼び込む~フェラガモを呼び寄せた町・フィレンツェ

 放送第1夜で取り上げたブランド企業は、高級靴で有名な「フェラガモ」である。創業者サルヴァトーレ・フェラガモは1898年ナポリ近郊のボニート村で生まれた。生活費を稼ごうと9歳で近所の靴屋に弟子入りし、早くも12歳にして自ら靴屋を開業した。その彼が兄を追ってアメリカへ渡ったのは1914年、16歳の時であった。

 渡米後、ハリウッドで映画衣装用の靴を受注したことがきっかけとなって、サルヴァトーレは一躍時代の寵児となる。彼の靴を一度履いた映画スターたちが、そのデザインと履き心地のよさに魅入られて、こぞってプライベートでも彼の靴を求めるようになったからである。

 注文が増えるにつれて、生産が追いつかなくなる。それでも、彼はあくまでも「手作り」にこだわった。しかし、当時すでに大量生産型の靴作りが一般化していたアメリカでは、腕のいい靴職人を数多く集めることは不可能だった。そこで、29歳の時、彼はある決断を下す――「イタリアに戻ろう!」

 だだし、新天地として選んだ町は、生まれ故郷のナポリ近郊ではなく、“フィレンツェ”だった。フィレンツェは、ルネサンス以来の歴史を持つ世界有数の職人の町。今でも、路地には職人たちの工房が軒をつらねる。

 特に、革細工はフィレンツェの伝統工芸である。靴職人も多い。サルヴァトーレは新たな靴のブランドを立ち上げるべく、彼らに声をかけた。そして、1928年、60人ほどの靴職人とともに、靴メーカー「サルヴァトーレ・フェラガモ」がそのスタートを切ったのである。

 フィレンツェでは、伝統的な編み物やレース、刺繍など、さまざまな職人たちの技に触れることができる。サルヴァトーレはそうした伝統工芸に数々のヒントを得ながら、2万もの新しい靴のモデルを開発した。

 今では、フェラガモは100カ国に販売網を持ち、2600人の従業員を抱えるトータルファッションブランドになっている。機械化は進めたものの、すべての製品にどこか必ず昔ながらの職人技を取り入れて、手作りの味わいを残している。

「イタリアの職人たちの力を借りて履きやすさを追求しながらも、時代によりそった斬新なものを送り出す。ベースをしっかり保ちながらも、チャレンジを忘れない。こうした『父の思想』を現在も引き継いでいることが、わが社の今日の繁栄の秘訣です」――現会長のフェルッチオ・フェラガモ氏はこう語る。

 もちろん、フェラガモは職人を「育て続ける」ことにも力を注ぐ。同氏は言う――「今日のイタリアでは、若い人が就職することは非常に困難です。だから、若い人たちをサポートして、能力を育て、チャンスを与えることは、国の未来のためにも大切です。現代の若い人たちは基礎学力もあり、優秀です。私は若い人たちに大きな期待を持っているんです」。


“人が育つ町”をつくる~ファッションブランド・ベネトンの戦略

 放送第3夜で取り上げた世界的アパレルブランド「ベネトン」も、若者を育てることに力を注ぐ。

 今から56年前の1955年、イタリア北部の町トレヴィーゾに住むベネトン家の4兄弟があるビジネスを始めた。それは、当時18歳のジュリアーナが編んだセーターを、20歳のルチアーノが売り歩くというもの。もちろん、オフィスも工場もない。――これが現在の世界的ブランド、ベネトン社の始まりだった。ちなみに、ジュリアーナは現会長である。

 ジュリアーナの編んだセーターは、またたく間に若者の間で評判を呼んだ。その鮮やかな原色系の色彩が若者たちを惹きつけたからである。というのも、当時のヨーロッパのファッションの多くは、シックな色使いのものばかり。ベネトンの服は新しい感性を待ち望んでいた若者たちから、熱狂的な支持を受けたのである。

 その後同社は急速な成長を遂げ、今や世界120カ国に6000店舗を展開するイタリアの代表的企業になっている。300名のデザイナーを擁し、次々と新しい服を世に送り出している。

 そんなベネトンを特徴づける経営上の戦略が2つある。1つは、広告戦略。その奇抜な広告は常に世界の注目を集めてきた。「血だらけの戦闘服」「油まみれの鳥」、人種差別反対のメッセージを込めた「白人の赤ちゃんに授乳する黒人女性」など……。その生々しい写真が世界中で賛否両論を巻き起こしてきた。

「称賛もありましたが、批判も受けました。批判は甘んじて受けるつもりです。私たちは、さまざまな社会的テーマを消費者と共有したいだけなのです」と、現副会長のアレッサンドロ・ベネトン氏はいう。

 そして、もう1つ、ベネトンに特徴的なのがその人材戦略である。1994年、ベネトンはその本拠地トレヴィーゾに「ファブリカ」という名のコミュニケーション研究所を設立した。現在も、そこにはクリエーター志望の若者が世界中から集まってきている。

 入所の条件は25歳以下であること。面接と2週間にわたるさまざまな選考にパスすると、1年間生活費や交通費を支給され、自由に研究や創作活動に取り組むことができる。優れた作品はすぐにポスターや雑誌、広告として取り上げられ、世界に向けて発信される。

 ファブリカのオマール・ブルピナリ主任は言う――「創造の過渡期にいる若者たちは、アイデアがあっても仕事に結び付けられない。創造と仕事の両方を経験しておけば、独創性をもったまま自立していけるのです」。

 ファブリカに入所したからといって、必ずしもベネトンに勤めなければならないわけではない。同所で過ごした後、フリーで活躍している世界的アーティストは少なくない。だからこそ、世界中から若者が集まってくるのである。

 ベネトンはクリエーティブな若者の拠点を作ることで、そこから新鮮なセンスを取り入れ、若者にアピールする力を維持し続けているのである。このベネトンの戦略がトレヴィーゾという町に波及し、ファブリカができた翌年から、町にはファッションや工業デザインを学ぶ学校が続々と設立された。今や、トレヴィーゾはクリエーター志望の若者たちを世界中から呼び寄せる町になっている。


「人が育つ会社」「人が育つ町」を作ろう!~イタリアから学ぶ日本の課題

 この第3夜の放送回の最後に、私はアナウンサーに促されて、自分で書いた1枚のフリップを示した。

――「“人が育つ町”に、優秀な人が集まる」――  

「日本では“人が育つ町”がどこなのか、残念ながらイメージできません」と、私は言い添えた。「人が育つ会社」「人が育つ町」をどのようにしてつくっていくか。イタリアブランド企業の実践を目の当たりにして、私たちが取り組むべき日本の課題が見えてきた気がした。本コーナーでも、この課題をしばらく追ってみることにしたい。

(2011年2月6日執筆)

(2011年/スモールサンニュース2月号より)

山口義行・公式WEB

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