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第21回 会社の成長にノルマは必要か?

7月 25th, 2008

元記事

売り上げ目標の達成を唯一最大の価値とする”ノルマ至上主義”。ノルマ達成を目指して働くサラリーマンが日本経済を支えてきた。しかし、それによってさまざまな弊害が生まれていることも事実。最近はノルマ撤廃を掲げる企業も出てきている。

ノルマ主義見直しの動き

資生堂の前田新造社長は、本年4月3日記者会見を行い、「営業担当に対する販売高予算(ノルマ)を撤廃する」と述べ、今後は「プロセスを徹底して重視する方向へ転換する」とした。資生堂は2006年に化粧品を販売する美容部員の売り上げ目標を撤廃したが、今年10月からは化粧品店などの営業を担当する従業員の売り上げノルマも廃止する方針を打ち出したのである。こうした新たな動きとは裏腹に、未だに「ノルマによるプレッシャーは必要」「ノルマなしに会社の成長はありえない」と考える企業関係者も多い。「コレが言いたい」の第21回は、会社の成長とノルマについて考えてみることにしよう。

高度成長期にこそ適合的なノルマ主義

“ノルマ”という言葉はもともとラテン語であるが、ロシアで、旧ソ連時代に労働者に割り振られた仕事のことをノルマと呼んでいたようである。シベリアに抑留されていた日本人が使ったことから、日本で広がり、定着したようである。

こうした言葉の由来にも示されているように、ノルマ主義はいわゆる成果主義とは異なり、金銭面以外にもさまざまな精神的プレッシャーをかけることで、従業員を課題達成に向けて追い込んでいくという経営のあり方である。

こうしたノルマ主義が、日本の企業社会、とくに大企業で一般化した背景には高度経済成長という時代状況があった。60~70年代には、マーケットが急速に拡大しており、ノルマを設定して従業員のお尻を叩けば会社も成長できる状況であった。

とくに売上数値を「ノルマ」とするやり方は、以下の3点できわめて有効であった。

その一つは、目標を明確にするということ。「例えば良い社員になりなさい」という目標では具体的に何をすればいいかわかりにくい。これに対し、目標が売上の数字であれば、目指すべきことがはっきりしている。

二つ目は、人事管理がやりやすいということ。目標数値を「超えたか」、「超えられなかったか」、「どれくらい超えたか」、「どれくらい超えられなかったか」といった数値で人事考課をしていくことは、管理する側にとっても、される側にとっても分かりやすい。

三つ目は、従業員間に競争意識が高まるということ。上記のように人事評価が分かりやすいため、同僚に負けたくないとか、勝ちたいといった意識が刺激され、従業員のモチベーションが高まる。

ノルマの弊害

以上のように一見合理的に見えるノルマ主義だが、それをそのまま今日のような低成長時代に当てはめると、さまざまな弊害を引き起こすことになる。何よりまずノルマそのものが形骸化する危険性がある。マーケットの伸びそのものが低いため、いくらノルマを設定し、従業員のお尻をたたいても、ノルマ未達成が続出してしまう。それだけではない。。

  1. 顧客のニーズより数字決められた商品の売上数値を達成していくことが第一目標になってしまうため、顧客のニーズをきちんと把握することがおろそかになる。ノルマ主義が顧客との距離を広げかねない。
  2. 営業戦略が短期的自分が昇進できるかどうかは、その役職にいる間にどれだけ数字を上げられるかにかかっている。その結果、営業活動が短期の目標に振り回され、「すぐ売り上げには結びつかないが、数年後成果となって生きてくる」ような中長期的な戦略をもって活動することを怠るようになる。これが企業の経営戦略全体の短期化をもたらし、長期持続的な企業の発展にとってかえって障害になる。
  3. 従業員の人間性を犠牲数字を達成のみが「喜び」となってしまい、仕事本来の喜びを従業員から奪いかねない。ノルマが達成できないと会社に居にくいという雰囲気が暗黙に出来上がるため、労働強化を招き、従業員は精神的にも肉体的にも破壊されかねない。今日のサラリーマンのうつ病の増加など、精神障害の一つの背景にノルマ主義があると指摘する人は少なくない。
  4. 会社経営の不安定化ノルマ主義が会社経営を不安定化させるという危険もある。その典型が銀行であろう。80年代後半のバブル期、銀行員たちはノルマ達成に向けて借り手の企業の事情に頓着せず貸し込みを続けた。その結果、大量の不良債権を抱え込むこととなった。いったんそうした状況になると、今度は不良債権減らし・貸し出しの抑制がノルマとなり、貸し渋り・貸しはがしが横行した。銀行は信頼を失い、同時に顧客も失うこととなった。こうしたオーバーシュート現象が現在も繰り返されている。その背後には、とくに大手銀行に根強く定着しているノルマ主義体質があることは否めない。

新たな人事評価制度の模索

とはいえ、「ノルマがなかったのでは仕事へのモチベーションが下がるのでは」という声がなお強いのも現実。そこで問題になるのは、ノルマ主義に代わる新たな人事考課制度をどのように構築するかである。

たとえば、レンタルオフィスの管理・運営をするビジョンデザイン㈱では従業員の自主性を重視する人事評価制度を取り入れている。この会社では、ノルマを設定する代わりに自分で自分の「目標」を考えさせるシステムを採用している。しかも重要なのは、その「目標」がいわゆる売上数値などではなく、自らが目指す「社員像」との関係でさしあたりやるべき課題を自ら分解して設定し、それを目標化したものである。「○○冊の本を読む」とか「セミナーに参加する」とか「顧客との会話で使えるネタを収集する」とか、「目標」は多様である。1日1度その達成度合いを自己評価し、それを人事考課の資料にしていくという仕組みである。上原一徳社長は、「上司とか会社に目標を押し付けられるのではなく、自分で考えた課題を他者に向けて宣言することが大切。成果だけではなく、成果を達成しようとする努力の過程を見る。その過程で自分自身が成長の実感を得られていれば、やる気は自ずから出る」と述べている。

人材育成コンサルタントの櫻井浩昭氏は、最近のこうした傾向を次のように分析している。「企業が短期的な成長よりも長期的に持続可能な成長を意識するようになってきた。『収穫』や『刈り取り』だけでなく、『育成』や『種まき』もする社員を評価することに意識を向けてきた。ノルマであるとか、数字であるとか、業績を管理していくための評価制度ではなく、企業理念から派生した求める人材像であるとか、求める行動など、人事評価を人材育成のための一つの道具と捉える動きが広がりつつある」。

これは、「形の違ったノルマ主義」ではない。従業員一人ひとりが、自分としてはもっとこのようなことをしたいなど、自分のあるべき姿を描いて、今何をやるべきなのかを自分で課題設定し、その達成度を自分で評価し、会社がそれを人育ての一つとして活用するというやり方である。売上数値目標を設定し、従業員にそれを追いかけさせなくても、人が育てば、数字は後で必ずついてくる。そんな「思想」に基づく制度改革といえよう。

「コレが言いたい」〜ノルマ至上主義の克服に挑め!〜

ノルマがなくなれば、従業員の多くがサボるに違いないと考える企業関係者は多い。しかし、それはノルマ至上主義の中で育ち、それしか知らない人たちの単なる「思い込み」ではないのか。また、ノルマ至上主義の持つ弊害についてしっかりとした認識を持っていない人たちの発想ではないのか。人間はやりがいを多様な仕方で見出す。それは人によって違うし、時代によっても違う。数字だけで評価するのではなく、人間の多様な能力を多様な仕方で評価し、従業員のやる気や能力を引き上げていく、そんな会社が現代では求められている。「人が育つ場」を持っていない会社は、優秀な社員を逃す事になる。今こそ、多くの会社で「ノルマ至上主義の克服」という課題に挑む必要があろう。

(2008/7/25 執筆)

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