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第10回 社員の”心の病”にどう対応するか?

10月 11th, 2006

元記事

今年7月、財団法人社会経済生産性本部から、衝撃的な調査結果が発表された。それは、30代の6割が”心の病”を抱えているというもの。

“心の病”を抱えるサラリーマン

現代人は様々なストレスに晒され、”心の病”を抱えるサラリーマンが増えている。しかも、その傾向は、企業の将来を担う30代に顕著に現れている。原因としては、個人が孤立して仕事をする機会が増えたため、悩みがあっても気軽に上司に相談できないなど、職場でのコミュニケーションの減少が指摘されている。”心の病”の増加は企業の人材開発の大きな足かせとなり深刻な問題となっている。もはやその解決は、企業経営の根幹に関わる重要なテーマである。増加する社員の”心の病”に企業はどう対応すべきか?「コレが言いたい」の第11回は、この問題をテーマとしたい。

会社や家庭での責任が重くなる30代

実際、”心の病”はどのくらい増えているのか。図表1で確認してみよう。これは、(財)社会経済生産性本部が上場企業218社に行ったアンケート調査であるが、それによれば、社員の”心の病”が増加傾向にあると答えた企業は61.5%、4年前に比べて12.6%も増えている。

図表1図1 心の病の増減傾向 時系列変化 社会経済生産性本部より作成

さらに、図表2で”心の病”が最も多い年齢層を見てみると、30代が圧倒的に多く、4年前より20%近くの増加である。

図表2図2 心の病の最も多い年齢層 時系列変化 社会経済生産性本部より作成

30代というと、中間管理職への昇進を直前に控えた世代とあって、社内での競争やプレッシャーも大きくなる。そこに、家庭での責任もずしりと重くのしかかってくる。真面目で優秀な人ほど”心の病”になりやすいと言われており、これは企業にとって大きな損失である。

「社員の健康」は「会社の健康」!!

近年30代に”心の病”が急激に増えているのは、現在の30代がバブル期採用の世代であることに起因しているとする説がある。つまり、バブル景気の下、売り手市場の比較的安易な就職活動をし、適性や能力を十分に考慮されることなく採用され、採用後も教育不十分で適切なスキルアップのないまま時を過ごした。それがバブル崩壊とともに、過酷なリストラ時代をむかえ、過重な労働と困難な現実に直面して大きなストレスを抱えてしまっているというのである。実際、バブル崩壊後の厳しい不況の中で達成困難なノルマを課されたことが、30代を精神的にも肉体的にも追い詰めたのではないかとする推測は説得力を持つ。そうだとすれば、30代は”時代の被害者”とも言える。いずれにしても、”心の病”の増加を「自己責任」と断じるのではなく、「負の時代」を背負わざるを得なかった人々に出現した一つの社会問題として対応すべきである。

企業側もさまざまな対応策を打ち出している。たとえば、三井化学㈱は、心と体の両面から社員の健康管理に取り組むべく、メンタルヘルス対策に力を入れている。社内に常駐している土肥誠太郎産業医は、「社員の健康は会社の健康に直結する」が同社の基本理念であると言う。

メンタルヘルス増進計画は、①予防、②早期発見初期対応、③適切な治療への誘導、④復職とフォローアップの4つを目的とし、そのための社員教育や社内コミュニケーションの向上に取り組んでいる。とくに重要な役割を果たしているのがカウンセリングである。カウンセリングに至るまでには、ストレス度調査や健康診断に基づいて個別に呼び出しをかけたり、上司が「心配なので相談にのってあげてくれ」といった形で情報が寄せられるなど多様である。もちろん、自ら体調を考え社員自身が相談に来るケースもある。カウンセリング内容が外部に漏れないように情報の取り扱いに対しては細心の注意が払われている。社員は、「社内体制や社内の諸事情が十分に理解された上でカウンセリングをしてもらえる点がありがたい」と語っている。

心の病を克服する3か条

土肥氏によれば、”心の病を克服する3か条”は以下の3つ。

  1. 第1は、「自分の仕事をコントロール」
  2. 第2は、「社内みんなとコミュニケーション」
  3. 第3は、「初期の段階で相談」――である。

問題は上記の3カ条を実践できるような社内風土が形成されているかどうかであろう。「自分の仕事をコントロール」しようとしても、上司や同僚の協力なしにはなかなか難しい。「社内みんなとコミュニケーション」するためには、日頃からの風通しのよい社内風土が不可欠である。「初期の段階で相談」しようとしても、”心の病”についての偏見があるようではこれも難しい。まさに、「社員の健康は会社の健康」との認識の下、経営者が強いリーダーシップを発揮して社内風土の変革に取り組む必要がある。

では、”心の病”にかかった時、本人や家族はどのように対応すればよいのか。

この点、NPOなどが行う取り組みは注目に値する。うつ病患者の支援グループMDA-JAPAN(Mood Disorders Association:うつ病・気分障害協会)は、”心の病”を抱える人たちの駆け込み寺である。従来の1対1のカウンセリングではなく、大勢の人と話し合うグループミーティングの手法で、多くの人たちを回復へと導いた。山口律子保健師によれば、MDA-JAPANの就労支援プログラムは、自分の状態を知って自己管理をすることからはじまり、さらにグループワークやプレゼンテーションなど実践型の復職支援トレーニングをすることによって「自信」を再構築し、その後に復職を果たすという手順を踏むことが必要であるという。再び”心の病”にならないように、上司に仕事を頼まれたときにいかにして断るかということもロールプレイングで訓練しておくのだという。

コレが言いたい――「信頼」の体験が「社会人」を育てる

“心の病”の増加という問題に対応すべく、個人・会社・社会がなすべきことは多い。

個々人がなすべきことは、日頃から多様な人的ネットワークを構築しておくということである。「趣味の仲間」や「飲み仲間」、あるいはさまざまなボランティアの仲間など、仕事という価値観から離れた人的ネットワークを多様に持つことが、心のバランスを維持する上で重要である。そういった人的ネットワークが、心が疲れたときのセーフティーネットになる。一言でいえば「人生を一色にしない」ということである。

会社には、社員を「人材」として捉える前に、まず「人間」として捉える姿勢が求められている。「人材」と言う言葉は、社員を仕事上の能力という観点から捉え、評価するもので、そのこと自体は当然かつ重要ではあるが、「人材」としてのみ社員を捉えてしまうと、社員一人ひとりが持つ「孤独感」「疲れ」「やりがい」「怒り」など、さまざまな人間的感情が見落とされがちになる。そのことの引き起こす弊害を社内の共通認識としておくことは、長期的な観点に立てば会社の成長にとっても必要なことである。

社会としては、「ストレス・コミュニケーション」に慣れる訓練を教育の中に取り入れる必要があるだろう。何でも言うことを聞いてくれる親のもとで育った若者は、「ストレス・コミュニケーション」(意見が違ったり、利害が対立する相手とのコミュニケーションを、私はそう呼んでいる)が大変苦手である。「ストレス・コミュニケーション」体験を小さい頃から積み重ね、いわば「心を鍛える」ことが日本の子供・若者たちには必要ではないか。そういった機会を意図的に教育の現場に設け、体験させることも”心の病”を防ぐ上で重要であろう。

上記のように、問題の重要性を十分に認識し、それぞれの立場でその予防に努めていくことが求められている。もちろんそれと同時に、”心の病”を”心の風邪”と認識し、現在悩みを持つ多くの人々がもっと気楽に専門医などに相談できる雰囲気作りが必要であることは言うまでもない。

(2006/10/11 執筆)

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