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第5回 そんなに急いでどこに行く? 医療改革関連法案

7月 5th, 2006

元記事

5月17日、今国会で初めて与党が強行採決に踏み切った医療改革関連法案。翌18日に衆議院を通過し、翌月16日には参議院を通過して成立した。

強行採決してまで・・・?!

医療改革関連法案を委員会で強行採決したシーンが、ニュースなどで度々報じられた。生活に大きく変わる法案が強行採決されれば、従来であれば内閣支持率は急落したものだが、今回はそれほどでもない。医療費が日本にとって重荷になっているという考え方が、国民の間ですっかり常識化しているからかもしれない。だが、本当にそうなのだろうか。「コレが言いたい」の第5回は、この医療改革関連法案をとりあげることにしよう。

医療改革関連法案とは

医療改革関連法案が成立したことによって生じる主な変更点は、以下のものである。

まず、本年10月から

  • ①70歳以上で現役世代並み所得者の窓口負担が2割から3割に引き上げられる。ちなみに、「現役世代並み」というのは1世帯(2人)で年収520万円以上の所得者をさし、およそ11%、200万人が当てはまる。また、
  • ②70歳以上の長期入院患者の食費・居住費が自己負担化される。さらに、
  • ③高額療養費の自己負担限度額が引き上げられる。

医療費の自己負担(窓口負担)の引き上げはこれにとどまらず、今後も段階的に引き上げられていくことになった。

2008年4月からは、

  • ④70~74歳の窓口負担が1割から2割に引き上げられ、
  • ⑤75歳以上が全員加入する「高齢者医療制度」が新設される。
  • ⑥2012年4月からは、長期入院高齢者のための介護療養病床が廃止され、これによりベッド数は38万床から15万床へと減少することになる。

なぜ強制採決までして、こうした医療改革を今国会で通す必要があったのか?それは、医療費の自己負担(窓口負担)を増やすことで、政府が社会保障関連支出を抑えたいと考えているからにほかならない。政府の試算によれば、現在政府は医療費として28.3兆円を支出しているが、現行制度のまま放置すると20年後にはこれが56兆円にまで達することになる。しかし、今回の「改革」を実施して、患者の自己負担を増加させれば、政府の医療費支出は49兆円にまで抑えることができるとしている。

国民皆保険の仕組み

(図表1)国民皆保険の概念図
図表1:国民皆保険の概念図
はじめての社会保障 有斐閣アルマ 椋野美智 田中耕太 P26より

周知のように日本では国民すべてが公的な医療保険への加入を義務付けられている。いわゆる国民皆保険である。勤め人は勤め先企業の健康保険組合か共済組合に加入する。(船員の場合には船員保険)。なお、勤め先が中小企業などで健康保険組合が作られていない場合には、政府が運営する政府管掌健康保険に加入する。これらに加入していない他の国民は国民健康保険に加入し、そのことで国民皆保険が支えられている(図1参照)。

保険組合や共済組合などは加入者が負担する保険料で医療費の支出がほぼまかなわれているが、国民健康保険については加入者の収める保険料では必要な支出の35%程度しかまかなえていない。残りは国・県・市町村の補助金でまかなわれおり、財政支出を抑制したい政府にとっては、この補助金をいかに小さくするかが課題になる。こうして国民保険加入者の窓口負担を引き上げていくという「改革」が進められることになる。なかでも、これまで窓口負担を抑制してきた高齢者の負担増が「改革」の中心となり、今回の医療改革関連法案の提出となった。

しかし、病気になることの少ない若い層であれば窓口負担が引き上げられても実質的に家計に及ぼす影響は少ないが、病気になることが多く医療機関に通う回数も多い高齢者の場合には窓口負担が1割増加しただけでも、家計に大きな影響をおよぼす。今回の改革によって高齢者は月3万以上の負担増になるとする試算もある。

日本は医療小国

医療費が膨大になりつつあるのだから、「改革」はやむをえないーーそう考える国民も少なくない。だからこそ、強行採決が行われても内閣支持率が下がらなかったのであろう。窓口負担を重くすれば、政府支出が抑制されるだけでなく、患者たちが医療機関に行きにくくなることで医療費全体の支出が抑制されると歓迎する人々もいる。そういう人たちに、ぜひ知っておいてもらいたいことが3つある。

その第1は、日本は実は「医療小国」なのだという事実である。

(図表2)DECD諸国の医療費対GDP率(2003年)
図表2:DECD諸国の医療費対GDP率(2003年)

図表2は、医療費(患者が窓口で負担する部分も含めた医療費全体)の対GDP比率を見たものだが、日本は世界で17位、7.9%でしかない。これは米国のおよそ半分であり、ドイツの11.1%と比べてもかなり低い。ちなみに、日本では入院患者100人あたりの医師数は12人だが、これはアメリカの5分の1、ドイツの3分の1という状況である。看護職員数で見ても日本では41.8人、これもアメリカの5分の1、ドイツの2分の1でしかない。どうみても日本は医療小国である。

第2に、日本は医療費だけでなく、年金や介護を含めた社会保障全体に対する支出でも他の先進国と比べて著しく小さい。

(図表3) 社会保障給付費の国際比較
対国民所得と対GDP
図表3:社会保障給付費の国際比較   対国民所得と対GDP

図表3は、日本の年金や福祉を含めた社会保障給付費のGDP比をみたものだが、2006年度は17.5%に過ぎず、他の先進国に比べ圧倒的に小さい。厚生労働省が行っている2025年予測でも、対GDP比は19.0%に達するに過ぎず、これはドイツの2001年水準である28.8%よりも10%程度低い。なお、この2025年度予測の際の医療費は60兆円を想定しており、それは今回の医療改革を前提としていない数値である。つまり、今回の「改革」を実施しないで、医療費がこのまま2025年まで増え続けたとしても、社会保障給付費の水準は、ドイツの現状よりも圧倒的に低いということである。医療費が嵩んで今にも日本が沈没するかのようなことを言う評論家や学者が少なくないが、そうだとしたらドイツなどはとっくに沈没していることになる。強行採決までして、医療費の抑制を急がなければならない理由は、そのかぎりでは見つからない。

第3に、国民の負担意識である。テレビ東京のアンケート調査によれば「社会保障充実のためなら、10%まで消費税を上げてもいい」とする回答が25%を占めている。負担増になっても、医療等のサービスを公的セーフティーネットとして確保したいと考えている国民は多いということである。日本政府が過去に溜め込んだ赤字の穴埋めのために、社会保障支出を抑えようとして患者に窓口負担を強いることは、こうした国民の要望に反するものである。

コレが言いたい
――「福祉国家」として日本のあるべき姿を示せ!

医療制度改革において留意すべきことは、以下の3点である。

  1. 第1は「医療費亡国論」的な医療費節約志向は間違っているということ。「医療費は少なければ少ないほどいい」「政府は小さければ小さいほどいい」といった単純な論調がまかり通っているが、上にも見たように日本は他の先進国と比べて医療費水準はかなり低い。日本が「福祉国家」として、どの程度の水準の社会保障を目指すべきか、その国民的合意を試みることが先決である。
  2. 第2に「冷たい政府」では制度は守れないということ。保険料という形をとるにせよ、税金という形をとるにせよ、社会保障の充実のためには国民負担の増加は欠かせない。政府が患者の窓口負担を増やしたり、提供するサービスのレベルを落としたりして、安易に社会保障関係支出の削減を強行すれば、国民の公的セーフティーネットへの信頼が失われ、国民は1円たりとも新たな負担増に応じたくないという気持ちになる。これこそ制度破壊につながる。政府は「暖かい政府」としての信頼を得る努力をして始めて、国民に負担を求めることが可能になり、公的セーフティーネットを守ることができるのだということを忘れてはならない。
  3. 第3にアメリカやイギリスは「反面教師」だということである。公的セーフティーネットが充実していないアメリカでは4000万人の無保険者がおり、「安全」「安心」は高額所得者のみが手に入れることのできる「高価な商品」となっている。また「小さな政府」を目指したサッチャー改革で医療費の公的負担を削減し続けてきたイギリスでは、いまや100万人もの入院待機者がいるという状況にまで陥っている。こうした状況を「反面教師」として、あらためて「福祉国家」としての日本のあるべき姿を示すことが肝要である。

(2006/07/05 執筆)

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