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第56回山口教授のコレが言いたい!2011年

7月 2nd, 2014

「TPP参加問題」再論
~「知らないまま」「知らされないまま」の「参加」でいいのか~

 TPP参加問題についてはすでに前号のスモールサンニュースの巻頭記事で解説したが、その際にも記したように、TPPに関する最大の問題は、TPP参加に伴って生じると懸念される問題について、国民の多くが「知らないまま」「知らされないまま」事態が進行しつつあることにある。


野田首相の「事実上の参加表明」の1週間後に、すでにTPPの事前協議が始まっていた

 国民が「知らない」、あるいは「知らされていない」事実の1つ――それは、アメリカがTPP参加に関連して日本に最優先で要望しているものは、「農産物市場の開放」ではないということである。

 すでにスモールサン会員の方々には一斉メールでお知らせしたが、野田首相が事実上のTPP参加表明をした1週間後の11月17日と18日の両日、アメリカ通商代表部のマランティス次席代表が日本に来て、外務省や経済産業省の高官に対し、アメリカ側の要望事項を説明した。

 この事実を当初外務省はひた隠しにしていた。民主党の山田正彦氏らは外務省に対し、「TPPの事前協議をしていないか」と何度も尋ねたが、「その事実はない」というのが外務省の答えだったという。ところが、アメリカ側の報道で、マランティス次席代表が、「TPPに関連して日本に対する要望を述べた」ことが明らかになり、それを指摘されて外務省もその事実を認めざるをえなくなった。以下は、私が山田氏から入手したその「報道内容」である。

「USTR(米国通商代表部)次席代表のデメトリウス・マランティスは、日本のTPP参加への関心の表明に関連してUSTRが次にとるステップを説明し、また、日本の3分野に関する米国の優先事項を概説するために、先週東京にて日本の高官に会った。

 11月17-18日に行われたその会合において、マランティスは日本に対し、米国産牛肉の輸入制限緩和、日本の自動車市場の開放、日本郵政の改革についてさらなる改善を特に求めた、とUSTRの報道官は述べた」(米国貿易情報紙INSIDE US TRADEのインターネット配信記事)。

 注目すべきは、アメリカの優先的要望事項の中に「日本の自動車市場の開放」が入っていることである。

 自動車については、日本の方がアメリカよりも競争上優位にあることは周知のところである。それを脅威と感じるアメリカの自動車業界は、日本がTPPに加わることに反対してきた。

 そこで、日本をTPPに参加させたいと考えているアメリカ政府は、自国の自動車業界を説得するためにも、日本に対してアメリカの自動車がもっと売れるようにあれこれ要求することになる。TPPに関連して、アメリカ政府が「自動車市場の開放」を最優先に求めてきたのはこうした事情からである。


アメリカは日本の自動車技術の公開やディーラー制度の改変を要望
~「日本はTPP参加の前にこの要望に応えるべきだ」というのがアメリカの主張~

 では、それは具体的にどんな要求なのか。外務省北米第二課による「米国の関心事項(牛肉、保険、自動車)」(2011年11月付)という文書には、次のような記述がある。

3.自動車
・自動車の技術基準ガイドライン
 革新的かつ先進的な安全基準を搭載した自動車に関する自主的ガイドラインを定める際の透明性を高め、また自主的ガイドラインが輸入を不当に阻害しないよう確保することで、米国の自動車メーカーがこうした自動車を日本の消費者により迅速かつ負担のない形で提供できるようにする

 すなわち、日本が自動車の安全性や燃費などに関するガイドラインを定める場合には、その技術をオープンにして、アメリカの会社もそういう技術をもった自動車を日本の消費者に迅速に供給できるようにすべきだというのである。これは日本の自動車の最先端技術を「教えろ」と言っているようなもので、大きな問題をはらむ要求だといってよい。

 これ以外にも、アメリカは日本のディーラー制度などを「非関税障壁」と見ているようで、この点についてもTPPに関連して問題にしてくる可能性がある。「トヨタのディーラーはトヨタ車だけでなく、アメリカ車も売るべきだ」というようなもので、これも簡単に受け入れられる要求ではない。

 これらはあまりにもとっぴで、日本国民の感覚からすれば一見信じられないようにさえ思えるが、経済産業省は「日本の自動車市場の非関税障壁に関する米国の主張について」(2011年11月24日付)という文書の中で、こう記している。

 アメリカ自動車業界は、日本が、「ユニークな技術要求や流通及びサービスセンターなどの制限、通貨介入などの非関税障壁で自動車の輸入をブロック」していると認識しており、「日本は、米国が貿易上の利益(TPP交渉への参加)を与える前に、市場開放に向けた具体的な対応をすべき」だと主張している、と。

 分かりやすく言えば、上に述べたような米国の要求を受けて入れて、「日本の自動車市場を開放」しない限りは、日本をTPPに入れてやるべきではないというのが自動車業界の主張なのである。マランティス通商代表部次席代表はその自動車業界の「声」を日本に伝えるべく、野田首相のTPP参加表明を受けてすぐに日本にやってきたのである。

 この事実を知っている国民は何人いるのだろうか。マスコミから流されてくる情報は、「農業関係者が反対している」というものばかり。TPP問題はマスコミによってすっかり農業問題に矮小(わいしょう)化され、その限られた情報で日本国民は参加への賛否を判断させられてきた。日本経済新聞が誇らしげに強調する「4割賛成」という世論調査の結果についても、私たちはそういうものとして受け止めなければならない。


NAFTAでのISD条項による敗訴件数
――カナダは30件中3件、メキシコは19件中5件、アメリカは19件中ゼロ

 もう1つ、TPPに関して国民が知っておくべきものが「ISD条項」である。これについても日本国民は十分に「知らされていない」。

  ISD条項というのは、Investor State Dispute Settlement 条項、直訳すれば「投資家対国家の紛争解決」条項という意味になる。

 この条項は、例えば日本に進出したアメリカの企業が日本の制度や政策によって不利益を被ったと判断した場合、国際復興開発銀行(世界銀行)傘下の「投資紛争解決センター」(ICSID)へ訴えることができるというものである。

 例えば、TPPの協定の中には「政府調達」という項目があって、公共事業などの入札でTPP参加国の企業を国内企業より不利に扱ってはいけないということになっている。これが適応されると、例えば国がかかわる公共事業で、地方自治体が地域活性化のために地元の中小建設業を優遇して仕事を与えようとしたら、「これは外国企業を差別するものだ」と国が訴えられる可能性がある。

 ISD条項はTPPによってあらためて登場した条項ではなく、すでに日本がシンガポールやマレーシア等と結んだEPA(経済連携協定)にも盛り込まれている。しかし、これまで日本政府がシンガポールやマレーシアの投資家に訴えられたことはない。この事実をもって、「ISD条項を恐れるのはおかしい」とする論者もいるが、米国企業は尋常ではないということを頭に入れておく必要がある。

 2011年8月現在、それまでのNAFTAでのISD条項での訴訟件数は72件にのぼっている。そのうち30件はカナダ政府が訴えられたもので、そのうちの3件でカナダ政府の敗訴が決定している。これらはすべてアメリカ系企業から訴えられたもの。賠償金は総額にしておよそ100億円にのぼる。また19件はメキシコ政府が訴えられたもので、うち5件でメキシコ政府の敗訴が決定している。これもすべてアメリカ系企業から訴えられたものである。賠償金総額はおよそ140億円にのぼる。

 もちろん、アメリカ政府がカナダやメキシコの企業・投資家に訴えられたケースも19件ある。しかし、アメリカ政府が賠償金を支払わされたケースは“ゼロ”である。つまり、アメリカがもっとも強い影響力を持っている世界銀行傘下の組織で裁定を下し、非公開かつ上訴の仕組みもないISD条項の運用下では、アメリカが圧倒的に有利なのである。

 震災復興や津波対策・地震対策に関連して、今後日本での公共事業は拡大する傾向にある。アメリカ企業がそれをチャンスと見て、日本への参入に力を入れる可能性は低くない。TPP参加は日本の中小建設業にも影響をあたえる可能性がある。

 そんな時、公共事業で、地元中小企業を優先して仕事を与えるようなことをしていたら、アメリカの企業はISD条項によって日本政府を訴え、日本は多額の損害賠償を支払わされた上、地元中小企業優先を断念せざるをえなくなる。

 もちろん、問題は建設業にかかわるだけではない。現在日本では、遺伝子組み換えによる食材を使用している場合には、それを消費者に伝えることが義務付けられているが、遺伝子組み換え食材を多く使っているアメリカ企業が、これを「不利益を与えるもの」として訴える可能性もある。

 TPPに参加して安易に日本がISD条項を受け入れてしまうと、日本は自主性をもって制度を構築したり、政策を遂行していくことが著しく制約される。安全基準についても同様である。この事実も日本国民はほとんど知らない。

 TPP参加を急ぐ必要はない。じっくりと国民的な議論を積み重ね、問題点を洗いざらい明らかにしながら、TPPに挑む政府の姿勢を国民の目線で常に正していくことが肝要なのである。そのためにも、今こそマスコミの姿勢が問われている。

※TPP問題を取り扱った私の番組「山口教授のホントの経済」をご覧になりたい方はYoutubeで。
⇒http://www.youtube.com/watch?v=EkBu_E_wTjY

(2011年12月10日執筆)

(2011年/スモールサンニュース12月号より)

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