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第54回山口教授のコレが言いたい!2011年

7月 2nd, 2014

中小企業経営者は菅政権の「失敗」から何を学ぶべきか
~「理念」と「対話」と「信頼」を欠いた経営の危うさ~

 野田新政権が誕生した。新政権の誕生で私たちの暮らしはどう変わるのか、増税はいつごろ実施されるのか、新政権下で果たして民主党は挙党体制を組めるのかなど。新政権への期待と不安がマスコミの話題をさらっている。

 野田政権の政策運営については今後たびたび論評することになるだろうから、ここで通り一遍の推測を述べることは避けたい。ここではむしろ支持率の低迷に悩まされ、とうとう辞任にまで追い込まれた菅前首相の政権運営を振り返って、そのどこに問題があったのか、中小企業経営者がその失敗から学ぶとすれば、それは何なのかについて考えてみたい。


「理念」と「対話」――その欠如が菅政権の凋落を招いた

 民主党は自民党から権力を引き継ぎ、菅首相は鳩山前首相から政権を引き継いだ。これは、会社でいえば、社長の世代交代、新経営陣への事業承継にあたるが、一般的に言って、事業承継時の新社長・新経営陣には、少なくとも次の2つのことが課題として課せられる。

 その1つは、明確な「理念」を呈示することである。「自社の存在意義はどこにあるのか」「自社の強みは何なのか」「その強みをどう生かしていくのか」。新社長はその経営の「理念」をまずもって自分の言葉で示し、それを株主、従業員、顧客、取引金融機関など、各種のステークホルダー(利害関係者)たちと共有する。この過程を経て初めて、新社長は「社長」として認知されることになる。

 いま1つは、現場との「対話」を怠らないことである。現場は常に具体的な問題を抱え、その現実的な解決策を求めている。高邁な理念を振りかざすだけでは会社は経営できない。新社長は自ら現場に赴き、そこで問題を発見し、解決の糸口を見いだしていく。そうした現場重視の姿勢とコミュニケーション能力が新経営陣に対する現場の信頼を醸成し、スムーズな事業承継を可能にする。

 かつてカルロス・ゴーン氏が会社再建のために社長として日産自動車に乗り込んできた時、赴任後真っ先に現場を徹底的に回ったことは周知の事実である。「日本人社長の誰もこんな現場まで来てくれなかった」と従業員たちは驚き、そんなゴーン氏に信頼を寄せた。それがその後の会社再建の原動力となっていった。

 明確な「理念の呈示」と綿密な「現場とのコミュニケーション」――会社の事業承継時に必要とされるこれら2つのことを、菅前首相は政権スタート時から全くと言っていいほど怠ってきた。菅政権を特徴づける政策提示の「唐突さ」とそれへの国民の拒否反応がそのことを端的に物語っている。


菅政権に付きまとってきた「唐突さ」

 例えば、菅首相が参議院選挙前に「唐突」に打ち出した消費税増税はその典型である。消費税を引き上げてどういう国づくりを進めようとしているのか。肝心な国家理念が全く示されないまま、「10%」という数字だけが提起された。消費税増税の影響などについて、国会議員や経済の現場を担う経営者たちと「対話」しようという姿勢も全くなかった。

 それゆえに、税率や逆進性対策を巡って、首相の発言が選挙中に二転三転するという醜態をさらけだすことになり、このことがまた有権者の怒りを買って、与党民主党は参議院選挙で大敗を喫した。その結果は「ねじれ国会」。この「ねじれ」に悩まされながら、菅前首相は辞任への道を歩み続けることとなったのである。

 この唐突な増税提案の背後には、「ギリシャ危機」があった。ギリシャ危機を目の当たりにした当時の菅財務大臣は、「財政再建に取り組まなければ、国際通貨基金(IMF)が箸(はし)の上げ下ろしまでコントロールすることになりかねない」と懸念を示したという。

 しかし、このコーナーでもすでに述べたように、少々冷静に考えてみれば、右の懸念が一種の「早とちり」であることは誰でも気づくことである。なぜなら、日本国債はすべて円建てであり、国債償還に必要なのは「円資金」であって、「外貨」ではないからである。したがって、日本政府がIMFに融資を請う理由はなく、そうである以上、当然のことながら「IMFの監視下」に置かれることもない。

 本気で「IMFの監視下」に置かれることを心配するのであれば、警戒しなければならないのは、「財政赤字」ではなく、むしろ対外的な「経常収支赤字」である。経常収支が赤字化すれば、いずれ外貨不足が起き、IMFからの融資を仰ぐ必要も生じる。そうなれば、結果として日本が「IMFの監視下」に置かれるという事態も起きかねない。

 ちなみに、最近の新聞論調は、この2つの「赤字」を意図的に同一視して、財政危機を煽(あお)っている。例えば、日本経済新聞の次の記述はその典型である。

「日本の債務が直近5年間と同じペースで増え続けると仮定すると、2015年に277%となり、終戦直後の英国の記録を抜く計算となる。英国はその後、インフレや通貨安に見舞われ、外貨準備が枯渇した英政府は、70年代にIMFの緊急融資を受けた」(2011年2月12日付)。

 たしかに、英国は戦争直後の1946年に、GDP比269%にまで債務残高が膨れ上がった。しかし、英国がIMFから緊急融資を受けることになったのは1976年である。その間には30年もの開きがある。しかも、その76年当時には、英国の債務残高はすでにGDP比50%程度にまで縮小しており、戦争直後の記録的債務膨張はとっくに解消されていたのである。

 IMFの緊急融資が必要になったのは、60年代に入って以降英国産業の国際競争力が衰え始め、経常収支赤字が拡大してしまったからである。これは、戦費調達に起因する戦争直後の債務膨張とは全く関係ない。ところが、日経新聞の記者は、「その後」という一言で戦後30年の時の経過を中抜きし、平気でGDP比269%の国家債務とIMF緊急融資を直結させてしまうのである。

 これと同じ「論理的飛躍」が、ギリシャ危機を目の当たりにした菅首相の頭の中で起きたにちがいない。あたかも子供が商品売り場でたまたま目に入ったおもちゃに吸い寄せられるように、ギリシャ危機という騒ぎに踊らされて、突然増税策を打ち出してしまったのである。

「理念」も「対話」もなしに唐突に事業方針を打ち出し、強引にそれを実践しようとする。それをリーダーシップと勘違いしている中小企業経営者は少なくない。そういう経営者こそ、菅政権の末路からしっかりと教訓を引き出しておくことをすすめたい。


「唐突」の極み――TPP参加問題

 菅政権に付きまとう「唐突さ」、その極めつけがTPP(環太平洋経済連携協定)への参加問題である。これは、たんなる関税問題ではなく、「日本の文化や伝統までも左右しかねない」(山田正彦民主党衆議院議員)ほどに、多方面への影響が考えられる問題である。これこそ、国家の理念そのものを問うテーマだといえる。

 ところが、それほどの大問題であるにもかかわらず、菅首相は昨年10月、突如として閣議でTPP参加検討の指示を出し、翌11月には、早々とAPECにおいて参加協議への着手を示唆する公式発言を行った。

 関係省庁がどれほどの時間をかけてこの問題について議論を積み上げてきたのか。また、関係各国からの情報収集にどれほどのエネルギーが費やされてきたのか。与党ではどのような「熟議」がなされたのか。これらについて、国民への説明は全くない。APEC議長国として、オバマ米大統領への「お土産」を渡したかっただけではなかったのかと、その唐突ぶりを揶揄する声もあるほどである。

 ギリシャ危機に反応して消費税増税を言い出し、日本でのAPEC開催(米大統領の来日)に合わせて突如TPP参加を提起する。菅政権のこんな場当たり的な政策運営に不安を感じない方がおかしい。となれば、まずはともあれ「反対」の意思表示をしておこうということになる。

 実際、都道府県議会のうち、TPPに関して意見書を議決した40の議会の中で、「反対」が11、「慎重に検討すべき」が23と、8割が慎重対応を求めている。また、941の町村が加入する全国町村会は、昨年10月にTPP参加の撤回を求める緊急決議を行っている。

 これは「理念」と「対話」を欠いた提案が何を引き起こすかの典型的な事例である。菅前首相は消費税増税で大敗した選挙の体験から、ほとんど何も学ばなかったのである。


「人」を育て、「人」にまかせる
  ~「信頼」を欠いた組織運営の末路から学ぶ

「菅さんは自分より能力がありそうな人はすべて排除する。いつもお山の大将でいたがる人だ」――これが国会議員たちから私が耳にした菅前首相への人物評である。

 能力ある人材を見いだし、その能力を育てながら、その人を信頼して仕事を任せていく。任せられた側は、その期待に応えようとがんばる。こうした相互の信頼関係が会社を強くする。リーダーシップとはそういう相互関係をリーダーが意識的に構築していくことにほかならない。

 菅前首相にはこうした会社運営の基本がほとんど理解できていなかったのではないか。唐突な政策提案や方針転換に「現場」は戸惑い、そのたびに閣僚たちも含めて、「自分は信頼して任されていたわけではなかった」のだと自覚させられる。この繰り返しによって組織としてのエネルギーが削(そ)がれ続けてきたのが、まさに菅政権であった。

 そこには、菅前首相の人間観に流れる独特の「人間不信」があったのではなかったか。とすれば、「友愛」を強調した鳩山元首相から一足飛びで、真反対の方向に政権運営の基本がぶれたことになる。

 反面教師として、中小企業経営者が経営者としての自分のありようを振り返るには格好の材料を提供してくれた菅前政権。ならば、野田新首相の政権運営はいかに…。こんな観点から、政治をウォッチングしていくことも悪くない。

(2011年9月4日執筆)

(2011年/スモールサンニュース9月号より)

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