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第43回山口教授のコレが言いたい!2010年

7月 1st, 2014

“政策への過度の期待”は現実を見誤らせる!
~中小企業経営者は「政策効果」を冷静に分析する姿勢を持とう~

 TVや新聞などのメディアがつくる「世論」に押されて、政府は為替介入を実施した。結果はどうだったか。効果は、ほんの数日間円の対ドル相場が1ドル85円台で推移したというだけ。円相場は半月もしないうちに80円台前半に戻ってしまった。


「政策への期待」と「政策の有効性」は全く別物

 政府の為替介入に強い期待を寄せていた人たちは、介入が実施されたことをもって、「これで円は80円台後半、あわよくば90円台前半にまで下落するのではないか」と予測したかもしれない。「政策への過度の期待」が現実を見誤らせる結果になったといえる。

 そもそも「政策への期待」と「政策の有効性」とは全く別物である。言ってみれば、前者は「心」の問題だが、後者は冷静かつ客観的な分析を要する「頭脳」の問題である。日々厳しい経済環境の下で戦っている中小企業経営者は、「政策への期待」が強くなりがちであるが、それが強すぎて現実を見誤ることがあってはならない。

 もちろん、政府や自治体に対し、正当な政策要望を行うことは当然であり、それは日本経済を担う中小企業経営者の重要な役割でもある。しかし、同時に、「政策への期待」は別にして、「政策がどの程度有効に機能するか」をも見据えながら、経済の「先を読む」冷静さが必要なのである。

 実際今回の為替介入に対しては、TVや新聞に煽(あお)られた「世論」の強い要請があった。メディアは円高是正の必要を毎日のように訴え、介入をなかなか実施しようとしない政府に対して、「無策」「無能」と厳しい批判を投げつけた。また、経団連をはじめとする経済界も為替介入の必要性を強く訴え、それをTVや新聞が報じ続けた。

 しかし、政策への強い期待があったからといって、その政策が有効に機能することにはならない。政策の有効性については、「強い思い」は別に置いて、あくまでも冷静に客観的に分析することが必要なのである。 


為替相場を見る際に欠かせない視点

本年8月25日、「1ドル 83 円台入り、日経平均9000円割れについての私見」と題して、私はスモールサン会員向けに一斉メールを配信した。その際、次のように記した。

 アメリカ経済の低迷が長期化する一方、中国をはじめとする新興国がその地位を高めてきています。いわゆる「BRICs全体の経済規模は2018年に米国を追い越す、個別でもブラジルは2020年にイタリアを追い越し、インドとロシアの経済規模もスペイン、カナダ、イタリアを上回るようになる」と言われています。ですから、今回アメリカが体験している(バブル崩壊後の)「失われた10年」は、世界経済の大きな構造変化=アメリカ経済の地位低下とともに進行していることになります。

 ドルの下落はそういう世界の構造変化を反映したものです。したがって、これは日本政府や日銀の小手先の政策で是正できるものではありません。

 政府や日銀に「なんとかしろ」と対策を要求する人たちはたくさんいますし、そう言いたい人たちの気持ちもわかりますが、世界の構造変化の大きな流れを一国の政府や中央銀行に「変えろ」といっても無理なことです。このことを頭に入れて、マスコミや一部エコノミストの主張を冷静に聞く姿勢をもたないと先を見誤ることになります。

 実体経済の構造変化を反映して相場の水準変更が起きているのであれば、政府の人為的介入でそれを阻止したり、相場を逆方向に持って行くことは基本的には無理である。

 これに対し、相場変動がそういう性質のものではなく、投機によってあるべき水準から一時的にぶれている(オーバーシュートしている)だけであれば、介入は効果を発揮する。

 重要なのは、現在の相場変動がこのどちらなのかを判断することである。そのためには、米国をはじめ世界経済の状況を冷静に分析してみる必要がある。私は、今回の円高は明らかに前者に当たると考えている。

 もちろん、だからといって、政府は「手をこまねいて見ていればいい」と主張するつもりもない。私は、上の一斉メールの翌日、「円高対策――私のシナリオ」と題する一斉メールを配信し、私が考える円高対策を呈示した。しかし、それはあくまでも急激な相場変動を和らげるための施策であり、相場の方向性自体を変えてしまおうというものではない。


「デフレを退治するために国民世論で日銀を動かせ!」と煽(あお)る勝間和代氏の無責任

 繰り返すが、中小企業経営者には、「政策に期待する心」とともに、「冷静にその有効性を分析する頭脳」が求められている。このことは、国民を煽(あお)り、そのことで耳目を集めんとする評論家諸氏が増えてきている昨今であれば、なおさら重要である。

 例えば、勝間和代氏は、『SAPIO』2010年6月6日号で、「デフレを退治するために国民世論で日銀を動かせ!」とさかんに煽(あお)っている。

 その主張はこうである。

 デフレは国民を不幸にするから、デフレを早く終わらせることが必要である。では、「デフレを早く終わらせる方法」はあるのかと問えば、「ちゃんと」あるのだと勝間氏はいう。

 それはいったいどんな方法なのか。

 日銀が「長期国債を含めた形での固定資産の買い取りなどで、20兆円、30兆円のマネーを市中に流すんです」(同誌78ページ)――びっくりするほど単純である。

 しかし、日銀が資金を流す相手(勝間氏が「市中」という言葉で何を指しているかはわからないが)は企業や家庭ではなく、民間の銀行である。したがって、日銀が「20兆、30兆円のマネー」を流しても、直接にはそれは銀行の手元に貯(た)まるだけである。

 景気が良くなり、デフレが終わるためには、その銀行に貯(た)まった資金が民間の企業や個人に貸し出されて、モノやサービスの購入に使われなくてはならない。果たしてそうなるかどうか、それが問題なのである。

 実際、銀行の手持ち資金はすでに過剰で、銀行は貸出先がなくて困っているのが現状である。預金に対する貸し出しの比率を「預貸率」というが、どの銀行もその低下に悩まされている。

 また、借り手である企業も将来の見通しが立たないからと、たとえ金利が安くてもなかなか借りようとはしない。これがまさにデフレの現実であり、こういう現状をどのようにして打破するかが問われているのである。

 例えば、銀行が貸し出しをしやすいように、公的な信用保証を拡充したらどうか。中小企業のビジネスマッチングを支援して、「仕事づくり」を推進してはどうか。「仕事」がなければ、銀行から資金を借りようとする企業も増えないからである。あるいは、国内需要だけでは仕事が足りないないから、中小企業にも海外進出を促したらどうか…など。

 私たちが中小企業支援のためにさまざまな活動や政策提案をしているのは、まさにそこが問題の核心だと考えるからである。

 銀行が資金不足に陥っていて、そのために貸し出しが増えないのであれば、日銀が銀行に対し、「20兆円、30兆円」と資金を流し込んでやれば問題は解決する。しかし、そうではないからこそ、多様な施策と地道な努力が必要なのである。

 こういう現状を無視して、日銀が銀行に資金をつぎ込めば、たちどころにデフレが解消するかのように言い、国民の金融緩和への期待を煽(あお)るのは、国民の目を問題の本質からそらすだけでなく、現実を冷静に分析しようとする思考をも閉ざすことにもなる。中小企業経営者諸氏に注意を促したい。

(2010.10.9執筆)

(2010年/スモールサンニュース10月号より)

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