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第40回山口教授のコレが言いたい!2010年

7月 1st, 2014

唐突な「消費税増税論議」の奇妙
~選挙で一体何を「問うた」のか?~

 菅首相が「消費税10%」を口にしてから、消費税増税が突如、参議院選挙の争点として、浮上することとなった。「税を問うことは国の形を問う」ことでもある。したがって、増税論議が堂々と選挙の争点になること自体は、民主主義の証しとして歓迎されてしかるべきことである。

 しかし、そうであればなおさら、選挙に突入する相当以前から、このテーマに関する各党の考え方が鮮明に国民に提示され、国会の場などを通して、国民の目の前で活発な論議が交わされていなければならなかったはずである。

 そうであって初めて、国民はその投票行動で、自身の考えを示すことが可能になる。ところが、今回は選挙公示の数週間前に、突然消費税増税が争点として浮上した。これでは、有権者は戸惑うばかりである。


菅首相の「勘違い」がきっかけ?

 唐突な消費税増税論議の背後には、いわゆる「ギリシャ危機」があると言われている。菅首相が財務相の時にギリシャ危機を目の当たりにしたことが、消費税増税論議につながったのだと言う。岡部直明氏は、日経新聞のコラムで次のように書いている。

 ユーロからの警鐘が菅首相を動かしたのは事実だろう。財務相として参加した、G7やG20会議でのギリシャ危機をめぐる論議を、「対岸の火事」とは思えなかったはずだ。「財政再建に取り組まなければ、国際通貨基金(IMF)が箸(はし)の上げ下ろしまでコントロールすることになりかねない」と語る。[日経新聞6月21日]

 もし、これが事実だとしたら、今回の消費税論議は、菅首相の「勘違い」から始まったことになる。「勘違い」は菅首相だけではない。コラム執筆者の岡部氏自身が、次のように続けている。

 IMFは、すでに消費税増税など警告を発しており、ここで財政再建に踏み出さなければ、IMFの監視下におかれかねない。

 日本が「IMFの監視下」におかれるとすれば、当然のことながら、それは日本がIMFから融資を受けた時である。IMFは融資と引き換えに相手国に対し、財政再建策や経常収支黒字化策などについて、さまざまな条件を付してその実行を迫る。これを、コンディショナリティー(貸し出し条件)と言う。IMFに「箸の上げ下ろしまでコントロール」されるとは、こういう事態に陥った時のことである。


自国通貨建て債務が原因で、「IMFの監視下におかれる」ことなどありえない!

 たしかに、日本の政府債務はGDP(国内総生産)の180%程度に達しており、120%程度のギリシャよりも、重い債務を数字上は抱えている。しかし、スモールサンニュース前月号の「インタビュー:景気を読む」を読まれた方はすでにご承知だと思うが、日本国債はすべて円建てである。外貨建ての国債は、1980年代をもって、すでに残高ゼロになっている。

 したがって、仮に政府の国債償還が困難になっても、その際不足するのは「円資金」であって外貨ではない。とすれば、IMFに融資を請う理由もないはずである。日本銀行が国債を買い支えれば、済むことだからである。

 仮にIMFに融資を依頼しても、断られること必至である。IMF側は、おそらくこう言うに違いない。「なぜ、自国通貨の融資をウチに依頼するんですか? 日銀に行ってくださいよ!」と。

 IMFから融資を受ける必要がない以上、当然のことながら「IMFの監視下」におかれることもない。つまり、日本がIMFから「箸の上げ下ろしまでコントロール」されることなど、心配する必要はまったくないのである。

 アジア通貨危機の時も、リーマンショック時の混乱期も、IMFが融資するのは、その国にとっての「外貨」である。自国通貨を自国の中央銀行が発行できない、ユーロ圏のギリシャのような場合を別にすれば、自国通貨建て債務が原因で「IMFの監視下におかれる」ことなどありえないのである。

 こんな当たり前のことを一国の首相、しかも前財務大臣が理解できていないとしたら、それこそ国民にとって悲劇である。仮に知った上で言っているとしたら、ずいぶん国民を愚弄(ぐろう)していることになる。

 ちなみに、これに同調している岡部氏は、日本経済新聞の経済部記者を経て、現職は同社の専務執行役員主幹である。一体、日本の経済ジャーナリズムはどうなっているのかと、がく然とせざるをえない。


必要なのは“冷静な議論”

 もちろん私は、「日本は何もしなくていい、安心だ」と言っているわけではない。ただ、「冷静な議論」が必要だと主張しているにすぎない。

 本気で「IMFの監視下」におかれることを心配するのであれば、懸念しなければならないのは財政赤字ではなく、経常収支赤字である。経常収支が赤字化すれば、いずれ外貨不足が起きる。その際にはIMFからの融資を仰ぐことになり、結果として「IMFの監視下」におかれるという事態も起きかねない。とすれば、それを防ぐための課題は、日本産業の国際競争力強化であって、いわゆる政府の「借金減らし」ではない。

 また、菅首相が言うように、消費税増税による税収増を医療・福祉・環境など、国民のニーズに沿った産業の育成や雇用の増加に役立てるというのであれば、そのための効率的な財政支出の在り方や、必要な制度改革こそが論議されなければならない。その上で、どの程度の増税が不可避なのかが、国民に示されるべきである。

 その「絵」が明示されないままで、「消費税率10%程度」という数字だけが示されても、それが正当なものかどうか、国民は判断のしようがない。

 また、増税をもって財政再建・借金減らしを断行するのだというのであれば、消費税率を提起する前に、国民からもっとも見えにくく、政府不信の原因にもなっている「特別会計」の抜本的な改革が、実行されるべきであろう。

 その見通しも示されないうちに、消費税率だけが提示され、その諾否を選挙で「問う」のだと言われても、多くの国民は納得しないに違いない。

 いずれにしても、選挙の争点と持てはやされた唐突な消費税論議には、あまりにも奇妙な点が多すぎる。これでは、今回の参議院選挙が、一体国民に何を「問うた」ものだったのかさえ、釈然としない。選挙結果をあれこれ論評する前に、このこと自体が問題視されるべきである。

(2010年/スモールサンニュース7月号より)

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