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第28回山口教授のコレが言いたい!2009年

7月 1st, 2014

若者の「消費者化」が、日本に危機を呼ぶ(3)
――“問う力”が試される時代――

 スモールサンニュース5月号・6月号の2回にわたって、このコーナーで現代の若者について論じてきた。いつものように、会員諸氏からはさまざまなコメントをいただいた。

 その多くは、若者たちの「受け身の姿勢」を嘆きながらも、「大人のほんの一言、ちょっとしたアドバイスで若者が劇的に変化する」こともあるなど、私たちがあきらめないで若者たちと積極的に関わっていくことの重要性を指摘するものであった。

 また、若者のやる気を削いでいる現代日本社会の風潮や大人たちの姿勢にも問題があるのでは?とするコメントもあった。気づかないうちに、私たち大人が若者たちの成長を阻害する「重し」になっているのかもしれない。このことに、きちんと目を向けるべきだとする主張である。

 いずれも真剣かつ示唆に富んだコメントばかりである。この場を借りて、あらためて謝意を表したい。

社会への「不信」が、若者の“消費者化”の一因になっている

さて、若者の「消費者化」の背景には、そもそも何があるのか。

 通常、よく指摘されるのが「物質的豊かさ」である。モノが溢れ、欲しいモノが簡単に手に入るようになると、物事への主体的な取り組みや要求実現までの忍耐の必要が減少する。それが「受け身」で「弱々しい」若者を生み出しているというのである。

 私もその通りだと思う。ただ、最近の若者を見ていると、こうしたことだけでは説明できない何かがあるような気がしてならない。それは、簡単に言えば、最近の若者たちに顕著な「社会に対する不信感」あるいは「しらけ」である。その背後には、近年の日本社会がこれまでにも増して激しい動揺を体験してきたという事実がある。

 例えば、「終身雇用」の崩壊。毎日遅くまで仕事をし、会社のために尽くしてきたはずの父親たちがある日突然リストラにより職を失う。そういう親世代の状況を目の当たりにしてしまえば、若者たちは社会や会社に強い不信感を抱くようになる。「コツコツがんばってもダメな時はダメになる」。こんな感覚が、彼らに社会や会社と「距離をおいて暮らす」生き方を選ばせる。

 史上まれに見る支持率を獲得し、マスコミがもてはやした小泉政権が追求したものは、日本社会の「アメリカ」化。それを「改革」と称して、煽りに煽ったのが小泉純一郎氏である。その言葉に踊らされて、政治に興味を持たなかった若者たちも投票所に押し寄せた。

 ところが、それもつかの間、そのアメリカが世界の危機の震源地となり、今や世界はアメリカが進めてきた「市場原理主義的改革」からの転換を迫られている。そのことについて、小泉氏だけでなく、小泉路線を持ち上げたマスコミや評論家たちも「しらんぷり」を決め込んでいる。数年前の熱狂は一体何だったのか? 若者たちと社会との距離はますます遠くなる。

“なぜ ”という「問い」が主体性を呼び起こす

 今の若者たちは、そんな時代に生きている。そう認識するからこそ、私は今、若者たちに「問う」ことの重要性を訴えている。

「適当なところで『分かった』ことにしないで、もう一度“なぜ”と問うようにしなさい!」と、繰り返す。この“なぜ”という「問い」こそが、彼らに「主体性」を呼び起こすにちがいないと考えるからである。

「会社のために一生懸命がんばってきたはずの人が、なぜリストラにあわなければならないのか?」――この「問い」が経済政策のあり方や社会的セーフティーネットへの関心を呼び起こし、若者の政治参加を促すかもしれない。あるいは、こうしたリストラへの「問い」がきっかけになって、社会や会社が求める人材とはどういうものか、能力向上のために自分自身は何をすべきかを考えるようになるかもしれない。いずれにしても、若者たちは自分と社会との関わりを意識しはじめるはずである。

「いっときはもてはやされていた『アメリカ的イデオロギー』が、なぜ一転して反省の対象になっているのか?」――揺れ動く社会規範や価値観に「なぜ」を突きつけてみることが、社会を常に変化するものととらえ、その変化に自分がどう関わるべきかを考えるきっかけにもなる。

会社でも同じことが起きている

 

スモールサン人財育成プロデューサーでもある櫻井浩昭氏が、数社の500人に及ぶ若い社員さんたちに行ったアンケート調査によれば、なんと回答者の80%が「出世を望まない」と答えたという。その主な理由は、「リーダー(上司)たちに魅力を感じないから」というもの。

 若者たちの漠然とした「社会への不信」は、「見本とすべき大人像」が見えないという形でも現れる。それが、会社でも、社会でも、若者たちとの「距離」を生んでいる。

 しかし、ここでも、「なぜ」という問いが重要な役割を果たす。

「ウチの会社のリーダーたちは、なぜ魅力がないのか?」→「そもそも魅力あるリーダーとは、どういうリーダーなのか?」→「魅力あるリーダーたちがたくさんいる会社にするには、何が必要なのか?」――こう「問い」を立てていけば、「不信」は「変革」への動機となり、若者の主体的な「参加」を促す誘引となる。

 ところが、振り返ってみれば、学校教育においてはもちろん、企業内教育においても、「問う力」を養うことはこれまで教育上の主なテーマとされてこなかった。「教師が設定した問題から、教師が教えた答えを手早く導き出せるようにすること」。これが教育の目標であり、またそれを競わせることが「入試」であった。とすれば、大人たち自身が「問う」ことを苦手としているはずである。

「百年に一度」という大不況が、社会にさまざまな構造変化を引き起こしつつある現代。社会も会社も、今ほど「問う力」を必要としている時代はない。私たち大人自身がもっと「問う」ことを実践し、その「問い」を若者たちと共有することで、新たな時代を築いていくことが必要になる。それが、「消費者化」した若者たちに変化を迫ることにもなるはずである。

※今回をもって、このテーマでの連載はひとまず最終回とします。

2009年7月8日筆

(2009年/スモールサンニュース7月号より)

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