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第25回山口教授のコレが言いたい!2009年

7月 1st, 2014

最近の円安をめぐる3つの論点
―アメリカ、日本そしてドル―

「最近の円安をどう読むかについて、ご意見をお寄せください」と呼びかけるスモールサン会員向け一斉メールを4月5日送付させていただいた。多くの会員から、多様なご意見をいただいた。そこで今回は、その方々への感謝の意味も込めて、お寄せいただいたご意見を再考にしながら、「最近の円安をめぐる」論点を整理し、あわせて若干の私見を述べることとしたい。

3つの論点

お寄せいただいたご意見はどれも決して「相場の当てっこ」に参加するといった低レベルなものでなく、為替相場に表現されていると思われる世界経済の構図や問題点を、できるだけ論理的に捉えようと試みたもので、お世辞ではなく、それぞれ本当に学ぶべき点の多いものであった。その多様な意見を、ニュアンスの違いなどを捨象して大胆に整理してみると、論点は以下の3つに集約されるように思われる。

 その1つは、アメリカ経済の現状と先行き、とりわけオバマ政権の政策効果をどう見るかをめぐるもの。アメリカ経済の現状や先行きを比較的楽観的に捉え、またオバマの経済政策を高く評価しようとする見解は、最近のドル高・円安を正当なものと位置づけ、今後も同様の傾向が続くと見る。少なくとも、円高への揺り戻しは生じないであろうと判断する。これに対し、米国経済の痛みを深刻なものとみなし、オバマの政策効果についても疑問視する人々は、「オバマ期待」から一時的なドル高・円安が起きても早晩円高方向への揺り戻しが生じると考える。

 第2の論点は、日本経済の現状や先行きをどの程度厳しく評価するかをめぐるもの。これを悲観的に捉える人々は現状の円安を正当と見るのに対し、日本経済の回復力に信頼を寄せる人々は遅かれ早かれ円高に向かうと予測する。

 第3の論点は、国際通貨ドルの位置づけに関するものである。アメリカを中心に深刻な金融・経済危機を体験したものの、ドルを基軸とした国際通貨体制に揺らぎはなく、むしろドル体制を守ろうとする国際間の暗黙の合意がドル高を生み出していると考える。これに対し、この度の危機を経て、国際通貨ドルへの信認も低下せざるをえないと考える人々は、いずれドルは下落の軌道を歩み始めることになるであろうと予測する。

 

アメリカ経済の本格的な調整はまだ始まっていない

 まず、第1の論点についてであるが、悲観・楽観どちらの見解に立つにせよ、忘れてならないことがあることを指摘しておきたい。それはアメリカ経済の本格的な調整はまだ始まっておらず、これからが本番だということである。

 日本のバブル崩壊後の歩みを思い起こしてもらいたい。不動産バブル崩壊後景気後退が鮮明化する中で、小渕政権は徹底的な「バラマキ政策」を実施し、財政支出によって不足した需要を補うことで経済の落ち込みを防いだ。その結果、大幅な資産価格(特に土地・不動産)の下落があったにもかかわらず、日本経済はGDP成長率がマイナスに陥ることもなく推移することができた。

 しかし、それで日本経済が回復軌道を取り戻したかといえば、そうではない。結局は小泉政権下での不良債権処理を伴う構造調整(「痛みを伴う改革」)を経なければ、回復軌道に乗ることはできなかった。このプロセスは、バブル崩壊から景気回復へという道のりにおいては――そのやり方の良し悪しは別として――どうしても経なければならないものである。

 現在オバマ政権が打ち出している巨額な財政支出政策は、小渕政権下のそれと同じである。それは「痛み」を和らげる効果はあっても、それだけで経済が回復軌道に戻るわけではない。実際、アメリカではいわゆる不良債権処理はほとんど進んでいない。オバマ政権は不良債権(資産)を買い取る機構の設置を打ち出してはいるが、それもなかなかスタートさえ切ることができず、実施が危ぶまれているのが現状である。

 また、不良債権問題は、他方では不良債務問題である。多額の債務を抱え、傷んでしまった個人や企業をどうするか。この問題は、政府が何らかの基金を作って不良債権を金融機関から買い上げたからといって解消するものではない。経済の回復のためには、痛んでしまった個人や企業のバランスシートを修復し、企業で言えば、在庫だけでなく、設備、人、負債などの過剰を解消して新たに積極的な活動を始めることが必要である。そうなるには、まだまだ時間がかかる。日本がバブル後遺症に苦しみながら、失われた10年を体験したのも、この調整が過酷かつ長期を要するからである。もちろん、この調整過程を大胆かつ短期でやろうとすることは不可能ではない。ただしその場合には、傷口はさらに大きくなるため、「景気底割れ」の危険を覚悟しなければならないし、政権支持率も大きく下落しかねない。

 日本の経営者に必要なことは、ニューヨーク株式市場の動向やオバマの演説の上手さに惑わされることなく、上記のようなプロセスが現実にどのように進行して行くのか、それを冷静に見極めることなのである。

「日本にはできなくてもアメリカならできる」、「なんといってもアメリカはすごいパワーを持っている」、「日本なら10年かかってもアメリカなら1~2年でやるにちがいない」――日本国民の間には、いつの間にか「アメリカ信奉」のようなものが出来上がっている。今こそ冷静に、現実がたどるはずのプロセスやメカニズムを頭の中で描きながら、「アメリカ経済の回復」をイメージする必要があろう。

浮き彫りになった日本経済の課題

 2つ目の論点である日本経済については、別コーナー「インタビュー:景気を読む」などで逐次取り上げていくので、ここでは詳しく論じることはしない。ただ、円安をめぐる論議の中で、日本経済の2つの課題が浮き彫りになったことだけを指摘しておきたい。

 その1つは過度の輸出(外需)依存体質の是正、いま1つは、過度のアメリカ依存体質からの脱却である。

「アメリカ経済の落ち込みの影響をもっとも大きく受けるのは日本、その深刻度は当のアメリカより厳しいものになる」――会員の意見の中にも、そういう国際的な「評価」が最近の円安の背景になっているのではないか、とする指摘が多く見られた。私も、その通りだと思う。これは、言い換えれば、日本経済が上記の2つの課題を背負っているのだということでもある。また、その課題克服のための施策を明確に打ち出せていない麻生政権への不信も、円安の背景になっていることを意味する。

 これら2つの課題のうち、後者については、私は遅かれ早かれ日本企業の戦略ターゲットがより鮮明にアジアにシフトするという形で、徐々に克服に向かうのではないかと考えている。今後は、嫌が上でも、アジア仕様の製品やサービスを本格的に打ち出していくことで日本企業と日本経済の回復が模索されていくことになるだろう。

 私がキャスターを務める報道番組「こちら経済編集長」(BSジャパン) では、4月12日に「アジア・シフトで景気に底を打て」と題する編集長コーナーを放映したが、日本の企業(特に大企業)に求められるのはこの姿勢である。そうした努力なしに、単に「アメリカ経済の回復頼み」を続けているとすれば、やがて日本はより深刻な円安、またその国際的地位の大幅な後退を余儀なくされるにちがいない。しかし私は、日本企業はそれほどひ弱ではないと信じている。

円安の進行は「ドルの信認の広がり」を意味しない

 3つ目の論点、ドル体制についてであるが、ここでも注意すべきことが1つある。それは、最近の円安進行の過程で、ドルは円に対しては上昇しているが、ほかの多くの通貨に対してはむしろ下落しているという事実である。

 金融危機の最中、ドルが一気に世界から母国アメリカに逃げ込んだために(詳しくは、拙編著『バブルリレー』参照)一時的にドル高が生じていたが、金融が落ち着きを取り戻す中で、その是正が起きて、再びドルが特に新興国通貨に対して低下しはじめている。

 例えば、ドルはウォンに対して一時1ドル=1500ウォン台半ばまで上昇したが、それが今日では1300ウォン台前半にまで低下している。ちなみに、本年3月に115とピークをつけたドルの「対広域通貨指数(貿易加重平均)」は、4月に入って110まで低下している。すなわち、全体で見ればドル価値は低下しているのであり、その意味で、最近の円安・ドル高局面は決してドルの信認回復の過程とは言えないのである。

 もちろん、だからといって、ドルを基軸にした国際通貨体制に動揺が起きているというわけではない。ドルに取って代わる国際通貨が現れない限り、ドル体制は続く。しかし、それとドル相場の安定とは別問題である。実際、ドルが国際通貨としての地位にある中で、為替相場は1ドル=360円から一時は1ドル=80円程度にまで下落した。ドル体制は維持されながらも、ドル価値は低下するのである。当たり前のこととはいえ、この事実もしっかり頭に入れておく必要がある。

 今回議論の遡上に載せた為替相場の問題とは別に、アメリカを襲った金融危機がドル中心の国際通貨体制に今後どのような影響を及ぼすか(あるいは及ぼさないか)は、きわめて重要な研究テーマである。この興味深い問題については、いずれまたスモールサン会員の皆さんの意見も拝聴した上で、あらためて論じることとしたい。

(2009年4月10日執筆)

(2009/スモールサンニュース4月号より)

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